世界で初めて軸性分極を持つ強誘電性カラムナー
液晶を発見
-超高密度メモリーへの挑戦-
(Scienceに2012年4月13日付け on line 掲載)
"Ferroelectric Columnar Liquid Crystal Featuring Confined Polar Groups Within Core−Shell Architecture"
Daigo Miyajima, Fumito Araoka, Hideo Takezoe, Jungeun Kim, Kanichi Kato, Masaki Takata, and Takuzo Aida
Science, Advance online publication on April 13, 2012.
我々のグループは、分子が積み重なったカラム構造(円柱構造)を持った液晶性物質において、カラム軸に平行な自発分極を保持する、全く新しいタイプの強誘電性液晶を発見しました。
強誘電性液晶とは、強誘電性と液晶性とを兼ね備えた物質の総称です。強誘電性とは、外部からの電場により分極の方向が反転し、なおかつ電場を切った状態でもその分極を保持することが可能な物性で、メモリーや圧電素子などに応用されています。一方、液晶性とは、結晶と液体の中間的な状態にあることを意味し、既に液晶ディスプレイなどに応用されている性質です。強誘電性と液晶性とを併せ持つことで、分極反転に伴った高速な分子反転応答・メモリー性を示すことから、高速かつ省電力な次世代ディスプレイ用途で研究が続けられてきました。しかし、今回我々が発見した物質は既存の強誘電性液晶とは異なり、高密度メモリー素子の材料として活用できる可能性があります。
これまで、我々のグループが発見した屈曲形分子をはじめ、強誘電性液晶の多くはスメクチック相と呼ばれる層構造を持った分子配列状態によって実現されてきました(図1: AとB)。これらの液晶では、分極は層構造に対して平行な2次元平面内にあり、またいずれも分極を制御・維持するためにはガラス基板で挟んで界面での規制力を与えるなどの必要があります。これに対し、分子が1次元的に積み重なったカラムナー液晶において強誘電性を実現しようという試みも多くのグループによりなされてきました。しかし、これまでに報告されている強誘電性カラムナー液晶は一例のみ、それも分極はカラム軸に垂直で(図1: C)、その保持のためにはやはり基板の規制力が必要であり、スメクチック液晶と変わりのないものでした。一方で、カラムナー液晶で、カラムの軸方向に沿った分極を電場によって誘起させたり、その向きを逆転させたりすること自体には、我々も含め幾つかのグループが成功していました。しかし、分極の保持性はなく、電場を切ると分極が消失してしまっていました。今回、我々が開発した液晶化合物は、電場を印加しなくても分極が保持され、かつ逆電場の印加で分極を反転することができる「強誘電性」を持っています(図1: D)。これまでも多くの研究者がチャレンジしていたものの、実現に至っておらず、基礎科学の観点からも重要な発見です。
図1: これまでの強誘電性液晶(A~C)と今回発見された強誘電カラムナー液晶(D)
この強誘電性を可能にしたのは、円錐状分子集合体を形成し、積み重なることでコア-シェル構造のカラムを形成するような、扇形の分子設計(図2: A)です。コア-シェル構造のコア部ではカラム中心(円錐頂点)に位置するシアノ基が分極を担い、シェル部では嵩高い側鎖が円柱間の相互作用を制御し液晶性を担います(図2: B)。コアとシェルの中間にはアミド基のネットワークがあり、これによりカラム軸方向の分子間水素結合が中央の分極を安定化させる設計になっています(図2: C)。安定化が弱いと電場を切った時に分極を保持できず、かといって安定化が強すぎると分極を反転させることができなくなってしまいますが、類似化合物を多数合成した結果、絶妙なバランスによりこれが達成できることを発見しました。強誘電性の確認には、分極反転電流測定のほか、これまで多くの研究者が見誤ったイオン電流の効果を排除するため、我々が得意とする光第二高調波発生法を用いました。この手法により、分極の発生、保持、反転の挙動をガラス基板でサンドイッチした試料だけでなく、自己保持膜でも確認することができました。
図2: 今回開発した扇形の分子(a)。この分子が3〜4個集まった円錐状の分子集合体(b)が積み重なることによって、分極が安定化されたコアシェル型カラム構造(c)が形成される。
分極反転・保持に関する詳細なメカニズムの探索はこれからも必要ですが、液晶性、電場による分子配向性を利用することで、全く新しいタイプのメモリー素子を作製できます。例えば、塗布など溶液プロセスによる強誘電素子の作成が可能となるほか、無機材料と異なり貴金属元素を必要としないため、生産コストを削減できると考えられます。また、図3に示すように、一本一本のカラムの分極を制御することができれば、単純に一本のカラムが1ビットを表すとすると、カラム同士の間隔(約4.58ナノメートル)から約36Tbit/平方インチの高密度メモリーが実現できることになります。これはブルーレイディスクの千倍以上、考えられるメモリー密度として最大級のものになります。実用化には様々な困難が予想されますが、これまでとはまったく異なる方法で超高密度デバイスの可能性を示した点で応用の観点からも重要な成果です。
図3: 強誘電性カラムナー液晶材料による高密度メモリー素子の動作イメージ
本研究は、有機・高分子物質専攻竹添秀男教授、荒岡史人助教と東京大学大学院工学系研究科相田卓三教授、宮島大吾博士課程学生らによる共同研究で、米国の科学雑誌『Science』オンライン版(4月13日付け:日本時間4月14日)に掲載されました。