バナナ形液晶
「く」の字に曲がった屈曲形液晶は1930年頃にVorlanderによってすでに合成されている。しかし、液晶には向かない分子ということで、長い間、興味の対象にはならなかった。日本では1993年に松永らによって合成されたが、その時には液晶性の報告のみであった。しかも、一方、CladisとBrandは反強誘電性液晶の電気光学応答の論文中で、C2vの対称性を持つ、SmCP相のモデルを提示している。これが現在最も広く研究されているB2相類似の相である。しかし、このような研究にも関わらず、松永らのつくった液晶の物性を実際に測定してみる研究者はいなかった。同じ専攻の渡辺順次教授がこの液晶を我々の研究室に持ち込んだのはそんなある日のことであった。間もなく我々はスイッチング電流測定から極性を持つ液晶相であることを確認した。これが、バナナ形液晶との出会いである。ケント大で行われた液晶国際会議(1996)で我々が発表すると、堰を切ったようにバナナ形液晶の研究が始まった。我々の最初の論文の引用件数は550件ほどに上り、平均するとほぼ毎週1度引用されている勘定になる。
バナナ形液晶の興味は多岐にわたっている。極性構造の観点から大切なことは、バナナ形液晶が不斉炭素を含まない液晶系での初めての強誘電性、反強誘電性相である点である。我々は分子構造と強誘電性、反強誘電性の出現の相関に興味を持って研究を進めている(JACS)。バナナ形液晶は不斉炭素を含まないにも関わらずキラリティを発生させる不思議な性質を持っている。特にB4類似相ではキラリティの自然分掌を起こすことを偏光顕微鏡で確認することができる。最近、我々は様々な方法でキラリティの制御に成功している(Angew. Chem.)。屈曲した形状と分子の持つ極性などからバナナ形分子は複雑な層構造を発現する(Science)。また、液晶中で最高の2次の非線形感受率を示すばかりではなく、キラルポッケルス効果(electrogyration効果)やSHG-CD (PRL)などの2次のキラル非線形光学効果を示す。また、最近、バナナ形液晶のSmA類似相を用いた新しい高速液晶ディスプレイの提案(JJAP, PRL)を行った。