ガラスカッターは角度が命

ここに記したことは、業界の人が見れば、いろはのい以前の事だろうと思う。また、ガラスを切断するのに、何の困難も感じていない人にとっては不要な情報である。だから、公開する価値があるかは疑問な点もある。でも、自分でWebを探すのに少し苦労した事柄だし、Webには上がっていない情報もあるので、何時の日にか、もっと真っ当な情報がWebに出てくるまでは、人目にさらしておくつもりだ。

液晶セルを作る場合でも、フタロシアニンなんかの蒸着膜を作る場合でも、スライドガラスを基板として用いることが多い。また、透明電極(ITO)つきのガラス板も、液晶、蒸着膜に限らず基板として用いることが多い。

スライドガラスの標準的な大きさは25×75mm(あるいは1インチ×3インチというべきかしら)、透明電極ガラスは100×100mmである。一方、液晶セルや蒸着基板は、10×20mm程度である。このため、もとのガラス板からセルに使うサイズまでカットしないといけない。

研究室でも、実験をする人々は手切り用のガラス切りを用いて、ガラス板を切るのだけれど、ガラス廃材入れを見てみると、切り口が真っ直ぐでないガラスが、ごろごろと転がっている。つまり、切り損なったガラスの山なのである。スライドガラスは1枚20円程度だけれど、それでも、カットに失敗して捨てるのは勿体ないし、石英だと同じサイズで数千円、透明電極ガラスでも100mm角で5000円以上するので、大変に勿体ない。また、ガラス切りが苦手だと、実験を始めるのに、より気合いが必要になる。なんとか、ガラス切りの失敗率を減らせないかと考えていた。

ガラス切りは、ガラスカッターでガラス表面にキズをつけて、そのキズを拡げてガラスを切断する作業である。そのキズをいかに上手につけるかがガラス切りの腕である。古典的なガラスカッターは、工具の先にダイヤ(または超硬)チップがついた道具で、そのチップでガラス表面にキズをつける。ガラス切りを正しい角度でガラスにあてて、適度な力を加えて適度なスピードでカッターを動かせば、ガラスが切れている音とともに、よいキズがガラスに入る。でも、力が弱いと、キズは入らないし、力を入れすぎると、横に幅の拡がったキズとなってしまい、ガラスは決して素直には割れなくなる。

先端にチップのついたガラス切りには、使用上の掟がある。チップは硬いけれども、衝撃に弱いので、一度キズがついた場所を2度切りしてはいけない。また、ガラスの端には気をつけないといけない。研究室に転がっているガラス切りの中には、先端が破損して、ガラスが巧く切れないものや、さらには、チップ自体が方向不明になって、どんなに力を入れてもガラスにまったくキズが入らない物もある。このため、使えるガラス切りを選ぶことからガラス切り作業は始まるのであるけれども、初心者には、この作業が一苦労だ。

ガラス切りにはチップタイプの他に、ローラータイプがある。これは、超硬(か鋼の場合もある)の直径数mmのローラー刃を転がしてガラスにキズを入れるものである。チップタイプと比べると、左右の垂直は保つ必要はあるものの、前後方向の角度には気をつけなくてよいので、チップタイプより気楽に作業ができる。ローラータイプの中には、オイルカッターと言い、カッター軸にカッティングオイル(灯油類似の炭化水素溶媒が普通)を入れて、カッティング時に、キズの部分をオイルでぬらす物がある。これは、カッターで入れた疵に空気中の水蒸気がつくと、疵の先端の進行が悪くなるのを防ぐためらしい。ただし、セルを作る場合には、カッティングオイルでセルの表面が汚れてしまうと、洗浄工程が余計に必要になるので、カッティングオイルは入れずに、ドライで使うようにしている。

ローラーカッターは、チップタイプより慣れが少なくて良いのだけれど、カッティングに要する力が大きい。このため、人によっては切れ味が悪いという感じを受ける。そして、カバーガラスは力に負けて割れてしまうので切るのが困難である。この他、石英は通常のスライドガラスより切りにくいし、また、液晶セルなどに用いられている薄手の無アルカリガラスも、通常のローラータイプのガラス切りだと結構切りにくいものである。

企業で液晶をやっている人と飲んでいる時に、三星ダイヤでPenettという特殊な刃先のローラーがあって、それを使うと、ガラスが驚くほどよく切れるという話を伺った。ただし、三星ダイヤさんにとってPenettは戦略的な商品なので、大型のガラスカッター装置にのみついていて、それを買うと、おまけにベネットローラーのついたハンドカッターをくれることがあるとのことだった。非営利機関だったらくれるかもしれないよとは言われたけれど、さすがに、そうとも思えず、でも、ローラーの刃先に違いがありそうなことがわかったので少し調べることにした。

実は、チップタイプのカッターにも1A,2A,3Aと種類があり、1Aは厚板(4-5mm)用、2Aは中厚板(3-4mm)、3Aは薄板(2-3mm)用であるとされているのは知っていた。ただ、それぞれの品番で何が違うのかは、よく分かっていなかった。イメージからすると、厚板を割るためには深く傷を入れる必要があるので、刃先角度がきついのかと思っていた。

両頭ガラスカッター

ちなみに、写真は、結構安手の両頭ガラスカッター。1番と3番が付いている。それから、ローラータイプでも素人でも分かる違いがある。

直線用と曲線用

左の刃の幅が広いものがローラーの直線切り用の刃。右が曲線切り用である。幅が広いと、定木にあてて安定する。

さて、三星星ダイヤとガラスカッターでググっているうちに、とあるステンドガラス屋さん(ステンドグラスサプライ)のサイトに行き着いた。眺めていると、薄板用のローラータイプのガラス切りが載っていて、Webによると、薄板用の方が刃先角度がきつくなっていた。幸か不幸か、お店は電車で数駅のところにあるので、外に出るついでに発作的に店に行って、薄板用のガラス切りと厚板用のガラス切りの替え刃を買い込んで試してみることにした。

三星125度

写真は三星ダイヤモンドの曲線用のヘッドに125度のローラーをつけたスペシャルバージョンM16-S25。S25が付いていないM16は刃先角が緩いので注意。

ToyoPt20

こちらはpTC-30。刃先だけ買って、持っていたTOYOの柄に取り付けている。

薄板用のガラス切りを試してみた結果はというと、目から鱗が落ちた。スライドガラスはもちろん、某所で人々がホームセンターで買ったガラス切りで巧く切れずに四苦八苦していた無アルカリガラスの薄板も、難なく綺麗に切れる。また、必要な力も、それまで使っていたローラーカッターに比べると半分ぐらいですむ。発作的に、刃先角と板厚の関係などに興味がわいてしまった。ステンドグラスサプライのWebでは刃先角120度に適した硝子厚が0.7~2mm、通常の市販カッターは130~138度程度で、板厚は3~5mm。更に厚い10mm程度の硝子用は刃先角155度となっている。ちなみに、最初に示した直線切り用の刃は刃先角130度台。そして曲線切り用は155度の厚板用である。TOYOには振動カッターという食い込みがよい刃先があるのだけれど、これは、切断時に手先にカツカツした感触がある。ある程度の厚板に対しては効果的らしいが、1mm程度の薄板にはあまり効果が感じられなかった。

残念ながら、日本のWebではこれ以上の情報を見つけられていないのだけれど、海外のfletcher-terryには少し詳しい説明があった(今はない気がする)それによると、刃先角が鈍い程、刃先から硝子にかかる力は下向きになるので、硝子の表面に裂け目を入れるのに大きな力が必要になる。一方、刃先角が小さいと、容易にキズが入る一方で、力を入れると、フレーク上の砕片が生じやすくなる。

ここまでの話を(書いてないことも含めて)、一通り整理すると

  • ガラスカッターは切断対象のガラスの板厚により刃先角が定まっていて、薄いものほど刃先角が狭い
  • 刃先角が狭いカッターほど、弱い力でガラスにクラックを入れられる。ただし、力が弱いのでクラックは深くならない。
  • 刃先が狭いカッターで力を入れすぎると、カッターの両側にガラスを押す力が強くなりすぎて、フレーク状の砕片が飛び散るような切断線になる。このような切断線だと、板厚方向にはきれいに裂け目が入らないので、きれいに割れなくなる。
  • 刃先角が鈍いカッターでは、ガラスに裂け目を入れるのに、より大きな力が必要である。しかし、大きな力をかけても、力が下方に集中するので、フレーク状の砕片は出来にくい。
  • 厚いガラス用の刃先角の鈍いカッターで、薄いガラスにキズを入れようとすると、押す力でガラス自体が割れてしまうことがある。
  • 硬いガラスを切断する場合には、より角度が急なカッターを選んだ方がよい。
  • 刃先の材質にはダイヤ、超硬合金、鋼鉄などがあり、これはカッターの寿命に影響する
  • となる。

    圧力による違い

    この写真はあまり良くないけれども、あるガラスカッターで左から右の方へと、強い力でキズをつけたときの様子を撮影したものである。左の方は線が薄いが、横方向の割れはない。しかし、右から2つぐらいは明白に幅が広く横方向にクラックが走ってしまっている。ガラス切り毎に最適な力のかけ方がある。

    それにしても、不思議なのは、チップタイプのガラス切りで、1mm以下のガラス用のものが実験器具販売カタログに掲載されていないことで、これが、ガラス切りが苦手と感じる多くの人を作り出している原因の一つではないかと思われる。もっとも、出入りの理化学屋さんに聞いたら、最近は大学でも、サイズをしていしてガラス板を買うところが増えているらしく、自らガラスを切る需用が減っているとのこと。教育現場として大丈夫ですかと言われてしまったけれど、返す言葉なし……………。

    刃先角度が120度のガラス切りを入手して、満足はしていたのだけれど、カバーガラスや薄いガラスを切るのには、もっと角度のきついガラス切りが欲しかった。1mm程度の硝子では問題のない120度のカッターでも、カバーガラスや0.1mm以下のガラスになると、注意しないとガラスが割れてしまう。A岡さんの発案から、カバーガラスにスコアーを入れるのに、超硬の罫描き用チップを使って見たところ、薄いガラスもそれなりに切れるのだけれど、神経を使う作業だし、刃先の寿命のチェックなども微妙なところがあり、やぱり専用の道具があればと感じていた。

    入手方法を考えていた矢先、別件で出かけたフラットパネル関係の展示会で、三星ダイヤさんが出ていたので、Penettは売ってくれなくて良いけれど、もっと刃先のきついガラス切りをどこかで売っていないか伺ったところ、なんと、Penettも売っているというお話。そのPenettのことは、のちほどにして、そのおりに、小さなパンフレットをもらったのだけれど、そこには、ガラス切りの角度と直径と、切断に適したガラスの厚みの表が記されていた。

    その表は、著作権等の問題があるだろうから、ここには掲載しないけれど(でも展示会に行くと貰えるので貰うとよいと思う)、表によると、刃先が100度くらいのカッターなら、カバーガラスの切断には困らなそうである。ただし、Webをさがした範囲で100度のカッターの入手先は見付かっていない。さて、くだんのPenett付きを購入して試したところ、1mmのスライド、石英硝子等から0.17mm程度のカバーガラスまで具合良く切断出来ることが分かった。その切れ味はあまりにも感動的で、頼まれてもいないのに、とある学会にカッターとスライドガラスを持って出かけて、知り合いの研究者に実演紹介を行ったほどである。。三星ダイヤさんはWebがあるし(これは、国内のガラスカッターメーカとしては稀なことだ)Webを通しての問い合わせも可能なので、Penettが欲しくなったら問い合わせてみると良いと思う。ちなみに、使っているガラスカッターの型番はハンドカッター M17(Pnett付き)PCP030100110-120195010AAで、価格は福沢さんでお釣りが来る(2008年9月現在)程度である。

    Penett付き三星カッター

    これが、Penett付きのガラスカッター。

    ※Penettは三星ダイヤモンドの登録商標です。

    ※Penettは2010年4月現在でステンドグラスサプライさんから入手可能である。価格は福沢さんでは足りないのだけれども、妥当な範囲に収まっていると思う。ちなみに、他にもPenettを販売しているところがあるけれども、価格に結構なばらつきがある。Penett刃のカッターは薄板用と厚板用がある。また、曲線切りと直線切りがある。スライドガラスなどの切断が主目的なら、GCC-PM17Pあたりがいいだろうと思う。在庫がないと納期が1ヶ月程度かかる可能性があるようだ。。(2010年追記)

    この項、続編続々編があります。

    TOP私家版実験講座 - ガラスカッターは角度が命