コガネムシは円偏光


トルコはアナトリア産のコガネムシ。標本となって、はるばる日本まで流れてきて、学名のチェックもされないままに購入されてしまった。今は、標本箱の中に収まっている。上の写真は偏光フィルター無しで撮影したものである。

上と同じコガネムシ。違いは、右側の写真は左円偏光板を、左側の写真は右円偏光板を通して撮影したもの。右円偏光板を通すと、緑と赤の鮮やかな光沢をもった色は消え失せて黒く見える。この黒は、羽の下に隠れていた色素色であある。一方、左円偏光板を通した物は、背景に比べて相対的に明るくなっている。なお、むしの体ああの上でポツンと光っているのは虫ピンの頭である。偏光板の左右による違いについては本文を参照されたい。(と言いながら、それほど真面目に記していない(^_^;))


 昆虫の中には、鮮やかな色彩を示すものも多い。どうして、そんな色彩になったのかは生物学的な問題であるが、どのような機構で色彩を示すかとなると、物理や化学の問題となる。実際、20世紀の初めのころには、南米に生息するモルフォ蝶の発色機構を巡って、色素派と構造発色派が議論を行っていた。色素派とは文字通りモルフォ蝶の発色の原因を羽根に含まれているであろう青色域に強い吸収を有する色素に求める一派である。青色域に吸収を持つと青く輝くというと変に聞こえるかもしれないが、吸収が強いと反射も強くなり金属光沢のような輝きを示すのは(吸収機構によらず)一般的な話である。例えば、金属類でも可視領域までもカバーする強い吸収が金属光沢の原因になっている。一方の構造発色派によれば、モルフォ蝶の羽根には青色の色素は含まれておらず、ただし、青色の光を干渉で反射するような周期構造が存在しているのだという。分析手段が進んだ今日にあっては発色の原因を突き止めることは容易である。モルフォ蝶に関しても、電子顕微鏡観察により光の波長程度の構造があり、それが発色の原因であることが明らかにされている(このあたりの詳細を知りたい方は検索で「構造色研究会」のHPをご覧下さい)。しかし、電子顕微鏡の無かった当時には、羽根をすりつぶして反射光が無くなる(色素だったら、すりつぶす程度では分子は破壊されないので色は残るはずである)といった、間接的な実験から2つの流派の間で正しさを巡る議論が行われていた。その議論の詳細を調べたことはないのだけれども、こうした昔話を聞くと、装置がなかった分だけ工夫により仮説の検証を行おうとする迫力を感じ、逆に今日の科学研究の多くが工夫のないものに思えることがある。

 閑話休題。モルフォ蝶とはまったく異なった甲虫類でも玉虫やコガネムシなどの中に構造発色を示すものがある。そして、その中には反射光が円偏光となっているものがあることが知られている。反射光が円偏光になる機構として、直線偏光を反射する機構と1/4波長板の組み合わせか、コレステリック構造による特性反射の2つの可能性が考えられる。これらの甲虫の構造発色の機構についても前世紀の前半にすでに報告があり、1920年代にはコレステリック構造との関連が指摘されている。そして、1960年代後半ごろに、さらなる研究が行われている。

 コレステリック液晶は、液晶温度計に使われている液晶で、物によっては液体状態では無色透明であるにもかかわらず、コレステリック液晶にすると可視領域で鮮やかな色を示すことから、古くから興味を持たれている。この色の原因は、コレステリック液晶では、分子の配向ベクトルの方向が可視光程度の周期で回転しているためで、この周期構造故に、誘電体多層ミラーのような反射が生じるのである。ただし、コレステリック液晶では配向ベクトルのねじれ方と同じ円偏光しか反射しない。誘電体多層ミラーでは偏光依存性なく反射が起こるため、特定の波長域の光をほぼ100%反射するといった芸当も可能であるが、コレステリックフィルムでは入射光が無偏光である場合に最大でも入射光の50%だけ反射し、残りの50%は透過することになる。上の写真では右円偏光を通すと反射光が除去されることより、上記のコガネムシの羽の中には左巻で周期が可視光程度の構造があり、これにより左円偏光のみが選択反射されていることを示している。なお、コガネムシの胴体と頭部で色が違うのは、ラセン構造の周期が異なるためで、頭部の方が実効的に長くなっているはずである。

 さて、どのような甲虫が円偏光を反射しているのかというと、基本的にはコガネムシのたぐいのようである。実は、玉虫の反射も円偏光とする本もあるのだけれども……………、その真偽を確かめるべく、円偏光板をポケットに玉虫の標本を置いてあるお店に行って、東南アジア産の玉虫を円偏光板で見た限りでは円偏光ではなかった。ひょっとして、国による違いがあるかとも思って国産の玉虫を探したのだけれど、なかなか行き会えず、諦めかけていたら、知り合いが家の門の前で死んでいた玉虫を貸してくれて、それを見たのだけれど結果的には円偏光ではなく、玉虫円偏光説は、少なくとも私の中ではガセネタに分類されている。

 本編の主人公となるコガネムシ類であるが、全てのコガネ虫が円偏光を反射するわけではない。では、どのようなコガネムシが円偏光を示すかというと−個人的にそこまで気合いを入れた調査はやっていないので何ともいえないのだが−経験した範囲では、旧世界(ヨーロッパ)、アジア(日本)、新世界(南米)を問わず、円偏光を示すコガネムシは存在する。また、見た目で、円偏光を示すコガネムシかを判断することは、少なくとも私には不可能である。このため、定期入れには円偏光板が常に入っていて、コガネムシ系の標本に行き会うと取り出して眺めたりしている。実は、昆虫の分類には全く興味がなく、コガネムシに内部分類があるなんて知らなかった。そして、神奈川の「生命の星・地球博物館」で、ほとんど並んで展示してある色以外は見た目がほとんど同じの金のコガネムシと銀のコガネムシのうち、銀のコガネムシは円偏光なのに金のコガネムシは円偏光板をあてても見た目がほとんど変わらないのを見た経験があり、コガネムシが円偏光を反射しているかどうかは、ほとんど種ごとに定まっていて、規則性はないだろうという先入観に捕らわれてしまい、コガネムシの進化の系統と円偏光の関係についてまったく頭が回っていなかった。ところが、先日、昆虫やさんんでコガネムシ系の中でもハナムグリ系が、妙な角まで生やしたやつも含めて円偏光をはねているのを確認した瞬間から(金と銀のコガネムシのことをケロリンと忘れていたこともあり)、コガネムシの内部分類と円偏光の関連について、かなりの興味がわいている。ちなみに、今から思えば、生命の星・地球博物館で見た金のコガネムシは、例外中の例外、右円偏光も左円偏光もはねる、Plusiotis resplendensなのではないかと思い始めているけれど、まだ、確認しに行ってはいない。

 コガネムシ類の分類は、少なくとも2001年レベルでは、分子生物学的な分類ではなく古典的な分類しか行われていないようであるが、それによると次の図に示すように、コガネムシは大きく中生代系統と新生代系統に分かれ、新生代系統の方の内部分類は科より一段したの亜科レベルになっている。そして、その下に、さらに属などという一群がいるらしい。昆虫の名前は、属とその下で表記されているので、私のような素人には虫屋さんや博物館で虫の名前を見ても、どの亜科や科に属するのか分からずに、なかなかに始末が悪い。

 これらの分類の中で、経験的にはダイコクコガネとハナムグリには円偏光をはねるものがいる。それ以外では、スジコガネ類にも円偏光を示すものがある。それ以外では台湾のテナガコガネで頭の部分が光沢があるものは円偏光だった。また、マメコガネも円偏光である。一方、センチコガネはだめで、そして、困ったことにハナムグリの一族らしい青カナブンがだめであり、進化との関連はほころびを見せ始めている。とはいえ、調べたのはごく少数で、これらについては追々調べていくつもりである。

 どのようなコガネムシが円偏光をはねるかについては、分からないとしても、円偏光を示す虫には唯一に近い例外を除いて一つの特徴がある。反射光はすべて同じ円偏光なのである。右円偏光板で見ると暗くなるので、左円偏光をはねている(これは論文の記述にもあっている)。ただし、このことが、生物界における右と左の問題と必ずしも直接には結びつかないことは注意しておいた方がよい。というのは、コガネムシが常に左円偏光をはねているということは光をはねている構造が左巻ラセンであることを意味している。そして、同じ分子からなるコレステリック液晶ではラセンの掌性は分子の掌性と1対1の関係があり、例えばL体分子が左巻ラセンを形成するなら、R体分子なら右巻ラセンを形成する。しかし、異なる構造を持つ分子間ではそうは行かない。同じL体から構成される分子からなるコレステリック液晶でも右巻ラセンもあれば左巻ラセンもある。例えば、コレステロールの誘導体の液晶は、側鎖に何をつけるかによってラセンの向きが異なることが知られている。もし、問題にしている甲虫の甲を形成する天然高分子が同じ物だったら、ラセンが同じ向きなのは必然であるのだけれど、化学的な違いがあったりしたら、同じラセンであることは、かなり偶然な出来事である可能性もある。

 なお、Caveneyによれば、金属類似光沢を示すプラチナコガネ類の選択反射には羽に含まれている尿酸由来の複屈折が大きく関与しているとのことである。これらのコガネムシでは羽中に50%以上の尿酸が含まれており、アンモニア水で尿酸を溶かし去ると、金属光沢は失われるとのことである。

図:尿酸の分子構造。2つの異性体間を行き来しているそうだ。

 Caveneyの報告は、この他にもいろいろ興味深い記述がある。たとえば、多くのコガネムシでは羽の下の黒色の色素層を持っている。この色素で選択反射を受けなかった光(逆の円偏光や、反射域外の光)は吸収されてしまうために、反射光の鮮やかさが確保されているという。さて、前の文で「多くの」という表現は例外の存在を暗示している。Caveneyの論文には、その例外も記されており、一つは可視領域全域で光を反射し、鏡のような白銀に輝く物、そして、もう一つは2層の反射帯の間に1/2波長板を持っており、右、左の両円偏光とも反射してラスター(多分、陶器の方だと思う)的な黄銅の光沢を持つ物である。これらの虫では確かに色彩の鮮やかさにおいて、黒色色素層を有する利点は少ない。


これが、例外中のの例外、Plusiotis resplendensである。とある必要に迫られて、都内の昆虫屋さんで在庫を譲ってもらった。まだ、標本にしていなくて、私には標本にする芸がなかったので、上のように少しばかり見苦しい姿になっている。写真は同じ個体で左から左円偏光、無偏光、右円偏光で撮影されたもの。いずれも光り輝いているがよく見ると、左の方が多少緑が買った色で、右の方は少しオレンジがかっている。真中のは両方が合わさった程度の色合いになっているという特徴がある。両方の円偏光下でも光沢を持っているのは、左巻ラセン構造の間に挟まった1/2波長板相当の複屈折層により円偏光の向きが逆転するためである。この虫のことは1911年のMichelsonの論文ですでに言及されており、そこでは垂直入射時でも反射光が円偏光になるので、内部に何らかのラセン構造があるという指摘がすでになされている。ちなみに、足には複屈折層がないらしく、右円偏光下では黒くなっている。

こちらは、Plusiotis batesi。Plusiotis resplendensを探し求めている間に行き会って、ため息をつきながら眺めて、悩んで(何しろ安くはない…)でも買ってしまった。こちらも、左から左円偏光、無偏光、右円偏光。右円偏光下では暗くなるが、上のトルコのコガネムシのように真っ黒にならないところを見ると、Plusiotis optimaほどでもないが黒色色素が弱いのかもしれない。


 コガネムシが構造色により鮮やかに光り輝く生物学的な意味については、未だに解明されていないような印象を受ける。故知の記事によると構造色の生物学的な役割について、

などがあるとされている。故知は上記のうち、体温調整説と警告色仮説に関して簡単な実験を行い、否定的な結果を得ている。

 ただし、古知の体温調整に関する実験は可視短波長に反射帯を有する虫で、通常の白熱球の光を照射した時の羽直下の温度上昇の測定をしているので、反射帯と照射スペクトル分布の関係を考える限りは否定的な実験結果が得られたのは頷けるものがある。それに対して、緑色となる虫では太陽光のスペクトル中心と反射帯が重なっているので温度上昇を防ぐ効果が見られる可能性はある。しかしながら、緑色の虫とても、全てのスペクトル帯を反射するわけではなく、また、逆側の円偏光は透過している。さらに、それらの透過光を効率的に吸収する黒色のメラニン色素を有している。特にメラニン色素の存在は温度上昇を防ぐという意味からは逆効果のはずで、総合的に考えると、体温調整仮説はほとんどの場合において成立しがたいものであるように感じられる。上記の鏡のような白銀とラスター黄銅の虫の場合は体温調整の可能性があるが、その点に関しては虫の生態との関連で議論を展開する必要があり、それは、私にとってまったくの専門外なので、ここではこれ以上は言及しないこととする。

 

 

メモ(コガネムシがらみで調べらたら面白いかもしれないこと)

・非円偏光系コガネムシを用いて… 表層を削っていって、円偏光になるか。なるなら、表面に偏光解消板がある可能性がある。

・羽を斜めにそいで、顕微偏光ラマンの面内スキャンで分子の配向方向を見ることができるかもしれない。これにより、ラセンピッチに対応した分子の方向変化が見られる可能性がある。これはCaveneyにより電子顕微鏡では行われているけれども(それ故にあまり自慢できる事にはならないけれども)、高分子の配向と尿酸の配向の関係も含めて議論できる可能性がある。

・カブトムシに構造色はないのかの調査。可視領域では構造色は見られないが、紫外や赤外に構造色を示している可能性は残っている。分類上はダイコクコガネとハナムグリにはさまれているので、構造色を持っている可能性は高いはずで、調べてみる価値はあるかもしれない。

・さなぎの状態での外気温と構造色に関係がないかの検討。同一種で発色にバリエーションがある場合に、遺伝的な要因もあり得るけれども、液晶屋の立場からは、構造が形成されたときの温度の影響は気になるところである。

 

参考文献

近 雅博(2001)昆虫と自然 36(10):15

古知 新(2001)昆虫と自然:5

Caaveney, S. (1971) Proc. Roy. Soc. Lond. B. 178: 205.

Michelson, A. A.(1911) Phil. Mag. 21:554.