顕微鏡による液晶の電気光学応答測定

研究室で顕微鏡を用いた過渡透過光測定を始めたのは、強誘電性液晶の表面安定化セルの研究を始めた時で、佐藤譲さん(現エプソン)が初代であったと思う。当時は、単眼の偏光顕微鏡しかなかったので、接眼レンズの上にフォトマルをつけて、川崎エレクトロニカのトランジェントメモリーで測定していた。

液晶が広範囲で均一に配向して入れば、顕微鏡の視野全体の平均的な値を測定すればよい。しかし、強誘電性液晶セルは当時は配向手段が定まっていなかったためにドメインサイズが小さく、視野の一部を切り取って測定する必要があった。そこで、佐藤さんは接眼レンズの出射側にマスクをつけて視野の一部分を切り取って測定していた。顕微鏡に詳しい人は接眼レンズの眼レンズの上にマスクをつけていたと聞くと眉を顰めるのではないかと思う。それについては、後で触れるとして、当時の話をもう少し続けることにしよう。佐藤さんの後を引き継いだ私も、液晶セルの電気光学応答を同様な手法で測定していた。配向制御ができるようになったので、マスクを使うことは少なくなり、また日立計測器のデジタルストレージオシロが入り、出口側が少し変わったけれど、基本的には単眼の顕微鏡の光電子増倍管をつけ、光源には8mm映画の照明用のハロゲンランプや、通常の電球を用いていた。これらは通常のAC電源で点灯していたので、光量の揺らぎがあったはずだけれども、矩形波による過渡応答の測定が中心だったため通常は問題とならなかった。  (強誘電性液晶薄膜セルの応答はμ秒単位であった。交流による揺らぎは10ミリ秒程度の周期なので、応答の方が最低でも10倍以上は早かった。一度、研究室に来ていた企業の人から、三角波(だろうか)による応答測定で、光源が揺らいでいて困っていると言われて、適当な安定電源が無かったので、懐中電灯を光源にしてみせてうけたことがあった。 ) いまから思うとかなりいい加減な測定をやっていたのだけれど、それで問題が生じなかったのは

ためであった。上記のような条件が揃っていない場合には、電気光学応答の測定はもっと慎重に行わなければならない。

例えば、コントラストの測定を本気でやろうと思ったら、まず、測定感度の波長特性が問題になる。コントラストは、あくまでも人間の視特性と合わせて議論されるべきものであり、測定感度特性が人間の視特性と合っていることが望ましいはずだ。現実には、大学の研究室でのコントラスト測定では、このあたりが管理がいい加減で、顕微鏡の光源の電圧が測定毎に異なっていることもあり、データの信頼性には問題がある場合もある。最低限、定まった電圧(例えば写真撮影用に設定されている電圧)に設定し、光強度が強すぎる場合はNDフィルターで調整するといった心遣いが必要である。

セルが薄くはなく、複屈折が電場印加により変化する場合には、電気光学応答は複雑な挙動を示すようになる。実際、反強誘電性液晶の電気光学応答は、時にはかなり複雑な挙動となる。これは、反強誘電-強誘電相転移にともない、自発分極の大きさが、時にはかなり大きく変化するためである(反強誘電状態で、チルト角が大きいと、複屈折は結構小さくなる。)。この時、測定が白色光で行われていると、結果の解釈が困難になる。狭帯域のバンドパスフィルターを用いて(可能なら複数の波長で)単一波長での測定を行うことが望まれる。ちなみに、顕微鏡に附属の緑の干渉フィルターは比較的広帯域のためハロゲン光の単色化には必ずしも望ましいものではない。

いよいよマスクの話をすることにしよう。マスクの目的は、視野内部で均一の配向をしている部分を正確に取り出すことである。この目的のためにはマスクを入れる可能性の有る場所は4カ所ある。まず、一番目は(ケラー照明のセットアップがきちんとなされているとして)視野絞りの位置である。ここに適当なマスクを入れれば、原理的には、測定したい場所のみが照明されている状態を実現できる。二番目は試料位置である。試料と密着させて(文字通りに。スライドガラスの上にマスクを置くのではいけない。)マスクをつけて必要なところを選択する。三番目は接眼レンズ(もしくは、写真撮影用のトランスファーレンズ)のマスク位置である。ここには、対物レンズによる試料の像が形成されるので、ここにマスクを置けば、画像の必要な部分を切り出せる。そして最後は、写真撮影用のセットアップを行っている場合の、フィルム面位置である。ここにも試料の実像が形成されるので、ここにマスクをおけば必要な部分を切り出せる。

この4カ所以外では、試料のいろいろな領域からの光が混ざるために特定の場所からの光のみを正確に切り出すことはできない。特に、対物レンズの後焦点面や接眼レンズの後のアイポイント位置では、どのように小さいマスクを使っても、試料全体からの光が混ざった状態になっており、特定の場所のみの情報を切り出すことはできない。逆に言えば、試料全体の平均を見たかったら、アイポイント位置に受光素子を設置すればよいはずである。

さて、マスクを設置する候補となる4カ所のうち、どこにマスクを設置するのが現実的かというと、これは、文句なく接眼レンズのマスク位置である。光源の視野絞り位置にマスクを設置しても、ケラー照明のセットアップが悪いと試料面の切り出しはうまくいかない(とは言え、より正確な測定のためには、視野絞りをきちんと絞り込んで測定している領域の外側はなるべく照明しないようにした方がよい、照明領域が広いと、それだけ迷光が多くなる。)。また、正しいケラー照明になっていても、一般に照明光学系は観察光学系に比べてスペックが低く収差が多いために、必ずしも正確にのぞみの部分のみを照明できるわけではない(このため、市販の顕微分光装置では、コンデンサーの替わりに、対物レンズを照明光学系にも用いているものがある)。試料位置へのマスクの設置は、実験的に困難である。スライドガラスの試料面側に金属でも蒸着して不透明にしてそこにピンホールを開けておくようなことが考えられるが、そのピンホール位置がのぞみの配向になる保証はないし、さらに周囲の配向観察ができない。最後のフィルム面位置でのマスクは時には考慮に値する方法である。というのは、この位置ではかなり拡大した像が形成されるので、試料のかなり限られた領域の情報を比較的容易に切り出せるからである。しかし、一般的に切り出した領域の確認が面倒であり、操作性は悪くなる。

接眼レンズのマスク位置に新たにマスクを置くためには、時には接眼レンズの一部を分解する必要がある。とはいえ、一般的に、これは容易な作業である。新たに設置するマスクの穴のサイズはどの程度の領域を切り出したいかにより決定する。マスクが視野レンズよりも対物レンズ側にある場合には計算は簡単で、切り出したい領域の大きさ×対物レンズの倍率がマスクの穴のサイズを決定する式である。マスク位置が視野レンズの後にある場合には話がもう少しややこしくなる。接眼レンズの視野数の公称値と実際の視野制限マスクの大きさの比(1未満になっているはず)を掛け合わせればよい。

視野マスクは安直には黒ラシャ紙でつくれるが、黒ラシャ紙で作ってしまうとマスク以外の領域が観察できなくなる。ステージの回転中心が正確にあっていれば一度試料位置の設定をすればよいはずではある。とはいえ、それは、視野マスクの中心もきちん定められた場合の話で、そこが狂っていると(何しろ手作業で作ったりするのだから)ステージを回した瞬間に見ている場所が変わってしまう)、現実的には測定スポットの周辺部も同時に観察できる方が操作性はよい。市販の顕微分光装置では、観察鏡筒と測定鏡筒が独立しており、観察鏡筒はつねに全領域が見え、その中心に測定領域を示す囲みが記してあるものもある。しかし、素人が適当にマスクを作る場合には、このような厳密な位置合わせは困難である。では、手法がないかというと、そうでもなく、特定の波長領域の測定でよい場合には(解析を考える場合にはその方が都合がよい)、フィルターの中心に穴を開けたものをマスクとして使うことができる。このフィルターマスクの上方に、重ねると光が透過しなくなるような分光特性を有するフィルターを重ねれば、マスク位置(つまり穴が開いていた全ての波長の光が通って来る部分)のみ、2枚目のフィルターの透過分布に従った分布の光が抜けるようになる。例えば、穴あきフィルターとして赤色のシャープカットフィルターを用い、2枚目のフィルターとして緑のバンドパスフィルターを組み合わせれば、マスク位置の緑成分の電気光学応答が測定できる。観察時には緑フィルターを外せば、マスクの穴の部分以外は赤くなるとはいえ、全体の画像を確認できる。

マスク用のフィルターとしては、コダックや富士フイルムから出ているゼラチンやアセテートフィルターは分光特性もしっかりと示されており、また薄手のため加工性もよく好都合である。マスクに穴をきれいに開けるには、それほど多くの方法は試していないが、単純に縫い針で穴をあけて、出っ張った部分をカミソリ(もしくはカッター)で切り落とすのが楽である。この方法で、比較的きれいな丸穴を開けることができる。0.2mm程度の細いドリル刃も試してみたが、取り扱いもあまり楽ではないし、穴も必ずしも丸くはできていない(とは言え、ほんの2回ほど試しただけで、気合いをいれてやってはいない。あと、針を加熱して穴を開けることも考えたけれど、手元にライターが無かったので試していない。なお、これらの試みは富士のアセテートフィルターで行っており、コダックのフィルターでは、また、様子が違うかもしれない。)。マスク用のフィルターとして、ガラスフィルターは、あまり妥当ではない。というのは、最低でも1mm程度の厚みがあり、顕微鏡の光学系が観察側では暗い(見込み角が小さい)とはいえ、厚みによるケラレなどが生じるし、あまり細いガラスドリル刃は市販されていないので、小さな穴を開けるのは必ずしも容易ではないからである。もちろん、組み合わせるフィルターは通常のガラスフィルターや干渉フィルターを用いてもよい。組み合わせフィルターとして上記の有機物ベースのフィルターを用いて、特にフィルターを光源側に置く場合には光による褪色に気をつけること。フィルターによっては、かなり光褪色が早いものがある。

写真撮影用の鏡筒と組み合わせて、フィルム面に受光素子を置くようにして(これは、ニコンの場合には、上の撮影用カメラを外して、Fマウント-Cマウント変換アダプターを繋げて、その上にCマウントの受光素子ホルダーなどを取り付ければ比較的容易に(正確にフランジバックは出せないだろうけれども)実現できる)、受光素子の前に、組み合わせフィルターを置いておけば、撮影用の照準鏡筒で画面を観察しながら、ほぼ一瞬で光路を測定系に切り替えできるので(しかも、観察している間は測定系は遮光されているので、光電子増倍管の電源を切る必要もない)、操作性がよい。

偏光顕微鏡を用いての電気光学応答測定に当たっては、用いる検出器の感度分布にも十分に注意を払わなければならない。シリコンフォトダイオードや、マルチアルカリの光電子増倍管は近赤外領域まで感度を有する。上記の写真用フィルターは可視領域しか分光特性が示されていないので、可視領域では組み合わせにより光を遮断できるようなものでも、近赤外領域では重ねても光を透過している場合もありうる。また、偏光板によっては700nmより赤外側では消光が悪くなるものもある。こうした現象が重なると、目で見たのコントラストと、機器を用いて測定されたコントラストの間に大きな解離が生じる。検出器の感度範囲内で、フィルターや偏光素子の特性を測定しておく必要がある。また、顕微鏡の光学系は通常は可視領域を対象に収差補正が行われているので、シリコンフォトダイオードの限界に近い赤外領域での画像の質は保証されていないことに注意しなければならない。

なお、サイドオン型の光電子増倍管を用いる時には感度に偏光依存性があるので、検光子を回転するときには、光の強度が変化する可能性がある。顕微鏡によっては、双眼部分のプリズムの偏光特性により双眼の左右で見え方が狂うのを防ぐために、検光子の直後に偏光解消板を置いてあるものもある。実際の測定する場所に偏光板をおいて回転してみて、実際の変化の様子を調べておくとよい。ヘッドオンの光電子増倍管やシリコンフォトダイオードは偏光依存性が少ない。通常は、検光子の回転を気にせずに使うことができる。

TOP私家版実験講座 - 顕微鏡による液晶の電気光学応答測定