液晶研究の基本は偏光顕微鏡による組織観察である。何か不可思議なことがあったら偏光顕微鏡観察を行うのが液晶研究の鉄則といって良い。目視による観察が基本ではあるが、それでは、当事者にしか見ている物が分からないので、その写真やビデオの撮影が行われる。そうして、学生さんが撮影した中には、人にもよるのだけれど、ピントが甘い写真も結構見られる。まあ、中には、視度調整をせずに写真撮影を行っているという、考察の対象にもならないようなケースもあるのだけれど、視度調整を行った上でピントの合わない写真が出来てしまう場合もあるようで、どうして、そんなことが起こるのか、そして、どうすれば改善出来るのかを少し考えてみようと思い立った。
幾何光学的には、ピントがあった状態とは1点から発した光が1点に集光している状態であり、この状態からレンズと像の間の距離を保ったままレンズと物体の距離を変化させると、どんなに微小な変化でも点は点に収束しなくなる。つまり、幾何光学的にはピントが合う位置は1点しかないわけである。しかし、目視による観察にしろ写真撮影にしろ、ピントが合っていると認識される範囲は有限であり決して1点ではない。有限の合焦範囲が出現する機構には次に述べる3つがある。
まず、最初に取り上げるのは観察系の調整能力でる。通常の顕微鏡写真撮影のように、フィルムの位置が固定されている場合にはこの項目は生じない。一方、目視や接眼レンズに撮影レンズのついたカメラを装着するような場合には、この効果により有限の焦点深度が発生する。ここでは、接眼レンズによる目視観察で人間の目の焦点調整範囲は無限遠方から明視の距離(25cm)として、この効果による焦点深度を検討してみよう。
接眼レンズの倍率をMとする。倍率の定義より接眼レンズの焦点距離はf=250/m(mm)となる。接眼レンズの焦点の位置に物体像が出来た場合に目の焦点位置は無限遠方で網膜上にピントの合った画像が形成される。目の焦点位置が250mmに合っている場合は、ピントの合う物体像の位置は、これよりある距離dだけレンズよりとなる。対物レンズの倍率をm'倍とすると、結像の縦倍率はm'2となるので、d/m'2が物体側の焦点深度となる。さて、dの値であるが、薄レンズを仮定すると焦点距離と結像の公式より
1/f=1/(f-d)-1/250
である。この式を変形して、
d=250/(m(m+1))≒250/m2
程度であり、対物レンズとの組合せも含めて
焦点深度=250/M2
ただし、M=mm'は総合倍率となる。
2番目の機構は幾何光学的な意味での焦点深度である。幾何光学的には1点から発散した光は収束光学系により1点に収束する。この時、観察側の点の位置がずれると、物体像の位置も変化する。顕微鏡においては物体像の位置は固定されているので、その位置で観察される物体像は点から有限の面積をもった状態に変化することになる。
焦点の合った状態と、焦点からdだけピントのずれた図を記した。図のレンズは有限の厚みを持っているが薄レンズ近似で考えを進めることにする。
ここで、fは焦点が合った状態でのレンズから物体までの距離、aはレンズから像までの距離である。このレンズの横拡大倍率Mはa/fである。θoとθiはレンズの見込み角(片側)である。顕微鏡対物レンズは球面収差とコマ収差の補正が行われており、f sin θo=asinθiと数学的に表記される正弦条件が成立している。正弦条件を顕微鏡レンズの開口数を用いて表記すれば、物体側の開口数をNAo、像側をNAiとしてfNAo=aNAiとなる。この式は、さらに、M=a/f=NAo/NAiとも表記できる。
ピントがあった状態から微小距離dだけ異なった点から発する光線を考える。この時、レンズの縦倍率よりこの点の像は本来の結像面からdM2だけ離れた位置に結像する。そして、本来の結像面ではw=2dM2NAiの大きさとなる。この式を拡大倍率と開口数の関係式を用いて書きなおすと
w=2dMNAoとなる。これより許容のボケ幅はピントのあった両側にあることを考えにいれると許容深度は
d=W/(MNAo)
となる。Wに許容できるボケの大きさを代入すればdの値が求まる。視力1とはおよそ1秒の角度分解能を持っていることになっているので、明視の距離(25cm)ではでゃ0.07mmとなるが、これはコントラストがよい場合で顕微鏡観察のように、コントラストが必ずしも高くない場合には、その2倍から5倍程度とされることが多い。
光は波であるが故に集光点においても幾何学的な意味での点には集光せず、有限の強度分布を持つ。集光点より遠方ではビーム径は集光点に向けて線形に減少する。しかし、集光点近傍ではビーム径の減少は線形よりも緩くなり極小をへて再び増大していく。ビーム内の光の強度が特別な分布の時には(ガウスビーム)最小ビーム径やビーム径の減少が緩くなる領域がどの程度拡がっているかが定量的に求められているので、ここではその結果を援用する。
図で黒線が幾何光学的な集光である。実際の光は波動性を有するが故に焦点でも一点に収束せず有限の最小スポットサイズw0をとる。w0は光の波長と収束角度の関数でw0=2λ/(πNA)である(この式がθが小さい場合のみかは確認していない…)。ただし、NA=sinθである。また、最小ビームからwまでふくらんだ場所までの距離dは、最小ビーム半径付近ではビーム径変化は2次関数で近似できるので、w2=w02+(2NAd)2となる。あるいは、w=w0SQRT(1+(2NAd/w0)2)となる。ビームの広がりがどこまでなら認識できないかは微妙なところであるが、レーザー光学では焦点深度を一般には最小のビーム径の1.41倍になるように取る。この時
d=λ/(πNA2)
となる。dは基本的にNAの2乗に逆比例する。ビーム径の広がりをどこまで取るかでdには上の値に対して適当な係数がかかるようになる。
上の式には物体側のNAしか出てこない。しかし、光の波動性故に、像側でも物理光学的な合焦範囲が出現しているはずで、考えてみると物体側のNAしか関与しないのは不思議にも感じられることである。計算してみると正弦条件が満たされているのなら、物体側のビーム系が最小ビーム径よりa倍だけずれたときには像側のビーム系も像側の最小ビーム径からa倍だけ大きくなるという関係が成立している。このため、物体側のNAだけ考えるだけで実質的に問題はない。
物理光学的な焦点深度の議論はビームの広がりではなく、波面のズレによるコントラストの低下をベースに行われることもある。しかし、幾何光学的な焦点深度がビームの広がりで議論されている以上、議論を並列に行うためにはビームの広がりを扱った方が筋が通っているのではないかと個人的には感じている。
顕微鏡の焦点深度については、古くはアッベにより幾何光学的焦点深度と目の調整機能を加えた式が提案された。その後、ベレックによる実験式、Martinの式などが提案されている。
アッベの式は
ベレックの式は
Martinの式は
である。アッベの式は幾何光学的深度と目の調整機能の和に、ベレックとMartinの式は物理光学的深度と幾何光学的深度の和になっている。ベレック式とMartin式では、それぞれの深度に対する係数が異なっている。ベレックの式の方がMartinの式に比べて幾何光学的深度を深く、そして物理光学的深度を浅く見積もっている。
一般に顕微鏡接眼レンズやカメラのファインダーをのぞき込む時には、目は近くの物を見ているような視度調整を行ってしまうことが知られており、その結果、目の調整範囲が本来の能力よりは限られた狭い領域に限定されてしまうことが知られている。この現象のことを器械近視という。実験的に求められたベレック式に目の調整機能の項目がないのは、器械近視のためと理解されている。
続いてい、ベレック式とMartin式の係数について少し考えてみよう。これまで、ビームウェストの広がりで物理光学的な深度を考えているので、それに乗っ取った議論を進めることとするが、議論の妥当性については自信はないことを申し添えておく。像側の物理光学的なビームの広がりは物体側の像の広がりと1対1対応している。ただし、ビーム径は像側でNAが小さいことより大きくなっている。一般に、倍率の高いレンズの方が焦点距離が短くなるために、像側のNAは小さくなる。100倍でNAが1の対物レンズだと像側のNAは0.01程度である(倍率が低いと、これよりは大きくなることが普通である)。この時、像の物理光学的な集光サイズは10倍の接眼レンズを通して観測している状態で180μm程度である。ベレックの式の物理的焦点深度からビームスポットサイズの変化を見積もると直径にして50μm程度となる。一方Martinの式からは160μm程度となる。これを、それぞれの式の幾何学的深度で使われている目で観察できる物体のサイズと比較すると、Martinの式では同レベルであるのに対し、ベレックの式では幾何深度の式での識別能力に比べて1/6程度になっている。このことから、ベレックの式には理論的根拠がないと主張するべきか、それとも、ボケによる大きさ変化ではなくコントラスト変化の方が重要であると主張すべきかは……よく分からない。しかしながら、この単純な考察からはMartinの式の方が理にかなっているような印象がある。
上記の考察に従う限り、本来は物理光学的深度の式には接眼レンズの倍率がパラメータとして入ってくるべきである。上の計算は10倍の接眼レンズで行っているが、20倍の接眼レンズを仮定すると、Martinの式では物理深度の基準が幾何光学深度に対して倍程度甘く、ベレックの式の違いは3倍程度となって優劣は微妙になる。なぜ、上の2つの式に接眼レンズの倍率がパラメータとして入ってきていないのかは、原典をまったく見ていないので何とも言いようがないのだけれど、もし、Martinが式を導くに当たって、波面のずれによるコントラスト低下を考えているのだとしたら、接眼レンズの倍率が関係しないことは1次近似としては納得できる(コントラストの低下による像の消失は像の大きさにも依存するので厳密にはやはり接眼レンズの倍率も関係すべきだろう)。一方ベレックの式については、鶴田の著作(第5光の鉛筆)に掲載されているデータを見ると、物理的深度が問題になるような高倍率条件の時には20倍の接眼レンズを使ったデータのみとなっており、接眼レンズを変えているのは低倍率で物理的深度より幾何的深度が大きくなっている時のみになっている。このため、物理的深度に対する接眼レンズ倍率の影響が反映していないのではないかと推測している。
鶴田は上に紹介した文献の中で、ベレックの実験式が低倍率でMartinの式に比べて大きな深度を与えるようになっているのは、実際には低倍率では目の調整機構がある程度は働いているためである可能性を示唆している。ただし、それについて実験的な検証は行っていない。
という訳で、ちょっとした実験をしてみた。被験者は1人なのであまり精度の高い実験とは言えないが、それでも、少しは言えることがあるように思う。
まず最初は、目の調整能力による焦点深度の確認である。試料は高分子液晶を用いており偏光顕微鏡下でそこそこコントラストのある黒白構造が見られる。
対物×接眼 | 倍率 | 調整範囲(実験値) | 調整範囲(理論値) |
計算された調整力 |
5×10 | 50 | 123 | 100 | 4.9 |
10×10 | 100 | 32 | 25 | 5.1 |
20×10 | 200 | 6 | 6.25 | 4 |
20×10 | 400 | 2 | 1.56 | 5 |
調整範囲の実験値は実際に顕微鏡をのぞいて、ぼけっとした状態でピントがあってから、目をこらした状態でピントが合うまでの範囲である。理論値の方は上の式から調整力を4として計算したものである。計算された調整りょくは実験値と理論値の比較から、観察に用いた目の調整力を計算したものである。200倍をのぞき、だいたい5になっている。このことは20cmまで物をはっきりと見られることを示しており、試した結果も、それに近いものとなっている。実は、上の実験では眼鏡をかけて観察を行っている。眼鏡を外した状態では調整力が2.5程度になった。かけている眼鏡が凸レンズ(遠視の弱視なのだ)であることからすると、近接点が遠くなるのはいいことかなと思ったのだけれど、冷静に考えると、眼鏡は調整範囲をずらすだけで調整力には影響を与えないはずなので上記の結果については不思議に思っている。
次に、それぞれの倍率について、5回ほど(気分でやっている)、ピントをずらしてから合わせなおす作業をして、その時の読みを記録した。
倍率 | 50 | 100 | 200 | 400 |
NA | 0.1 | 0.21 | 0.35 | 0.5 |
最大幅(μm) | 42 | 11 | 3 | 1 |
最大幅/調整深度 | 0.42 | 0.44 | 0.5 | 0.6 |
ベレック式物理深度 | 27.5 | 6.2 | 2.2 | 1.1 |
ベレック式幾何深度 | 68.0 | 16.2 | 4.9 | 1.7 |
ベレック式深度 | 95.5 | 22.4 | 7.1 | 2.8 |
Martin式物理深度 | 55 | 12.5 | 4.5 | 2.2 |
Martin式幾何深度 | 28.6 | 6.8 | 2.0 | 0.7 |
Martin式深度 | 83.6 | 19.3 | 6.5 | 2.9 |
上の表はそれぞれについて、焦点深度のバラツキの幅(最大値-最小値)と、各々の式から計算される焦点深度を示したものである。表を見て頂ければお分かりのように、ベレック式、Martin式から予想される深度に対して実際のバラツキは50%以下であり観察者が優秀であることが分かる(冗談(^_^;))。
さて、まず、調整幅に対してバラツキは0.5程度以下に収まっている。ということは、観察時に調整能力はそれほどは使っていないであろうことを示している。ただし、低倍率の観測においては、ピントのずれを上方から合わせていく場合と、下方から合わせていく場合でピント位置に系統的なずれが生じる印象がある。装置のバックラッシュの影響に関しては、高倍率の場合に1ミクロン程度にバラツキが収まっているので、その程度以下と考えてよいだろう。それ故に、低倍率ではある程度は調整がきいていて、それが深度に影響を及ぼしている可能性があると言ってよいだろう。ただし、その範囲は50倍の場合で1D(ただし、ずれが全て目の調整機能によるとして)程度であり、本来の調整力の1/4程度でしかない。
さて、実験結果からベレック式とMartin式の妥当性を議論しよう。試みた倍率範囲がそれほど広くないこともあり、きっちりした議論はできないのだが、結果をみる限りは個人的には以下の理由でベレックの式により妥当性を感じてしまう。上の理論的な考察ではMartin式の係数の方が妥当ではないかという結論になっていたにもかかわらず、実測では逆になってしまうあたりにも、この問題の難しさがある……。
Martinの式では低倍率の50倍時でも物理深度の方が幾何深度より低い。つまり、バラツキの主因は物理深度であることになる。実際、今回観測したバラツキの幅は幾何深度よりも大きくなっており物理深度(と調整能力)を考えなければ理解できない。しかし、バラツキが物理深度由来だとすると、それは接眼レンズの倍率を高くしても、あまり改善されないはずである。このことは、世間的に言われている「低倍率の写真撮影はピントを外しやすいので、アタッチメントをつけてピント合わせの倍率を高くしてピンぼけを防げる」という経験的な事実とは相容れない。このような操作により改善されるのは幾何深度であって物理深度でない以上、Martinの式の幾何深度は物理深度に対して少なくとも低倍率では浅すぎるであろう。あるいは、物理深度は広く取りすぎていると言っても良いかもしれない。
一方、ベレックの式について言えば、今回の測定でバラツキが式が与える値より小さかったのは観察対象のコントラストが高かったために、幾何深度がベレックの式で仮定されたものよりも狭かったためと解釈できる。ちなみに、ベレック式の幾何深度の係数0.34を0.14にして総合深度を計算すると、測定された最大バラツキの110~130%(400倍はさすがに180%になる)程度になり、まずまずよい一致をしめすようになる。係数が0.14というのは(実はMartinの式の幾何深度の係数とほぼ等しいのだが)、そこそこコントラストがあるものに対する目の分解能力に対応する程度の値であり、生物などの低コントラスト物体の観察の場合には小さすぎる値なのであろう(液晶の場合は妥当なのかもしれない)。
さて、ここまでをまとめてみると、恐らくは物理深度はMartinの式ほど長くはなくベレックの式程度でよさそうである。そして、条件の設定にもよるが幾何深度は、一般に物理深度と同程度かそれより長くなっている。
ここまでの議論でようやく本題にはいる準備が整った。ベレックの式も、Martinの式もa、bを適当な係数とした
という式の形をしている。説明してきたように第1項が物理深度で第2項が幾何深度である。物理深度の式に接眼レンズ(あるいは、対物レンズ像の再拡大倍率)が入っていないことの詮索はここではしないことにする。そして、aの値としては上の議論よりベレックの1/2程度ということにしよう。そうすると、問題は目視の場合と写真撮影の場合でbの値がどのように異なるかである。目視の場合のb係数が写真撮影の場合のb係数よりも有意に大きければ目視では焦点深度に入っているにもかかわらず、写真撮影では深度外になるような事態が発生することになる。もちろん、目視のbの方が小さい、あるいは両方の幾何深度が物理深度にくらべて浅ければ、目視でも写真撮影でも焦点深度はかわらず、それ故にピンぼけ写真は生じないことになる。目視のbの値は上に述べたように0.14~0.34程度である。
写真撮影の場合に許容ボケ量であるが、35mmカメラの場合にはフィルム上で1/30mmと言われている。この値は、35mmフィルムからある大きさに伸ばした印画を明視の距離で観察したときに視力1の目でピンぼけが分からない値という、かなり人為的な理由から定まっている値で物理的な根拠はないのだけれど、外に頼るすべもないので、ここではその値を使うことにする。1/30mmはおよそ0.03ミリであり、これが写真撮影の場合のb値となる。ただし、写真撮影と目視では倍率mが異なるので、bの値が目視の1/10程度であることが幾何深度が1/10であることを直接示す訳ではない。
実際の写真撮影は写真撮影用鏡筒でピント合わせを行う。それ故に、観察部分ではなく写真鏡筒での観察倍率と、撮影倍率を比較しなければならない。手元に写真鏡筒のスペックがなかったので、写真鏡筒の観察倍率を実測することにした。実測するといっても、対物ミクロメータのように大きさの分かった試料を用いて、通常の鏡筒を通してみた場合と、写真鏡筒を通してみた場合の様子を比較するだけである。目視では比較は困難なので、デジタルカメラで撮影してその画像の大きさを比べればよい。比較の結果、2.5倍の撮影レンズを用いたときに、10倍の接眼レンズを入れた観察用鏡筒と写真撮影鏡筒での倍率がほぼ一致することが分かった。つまり、写真鏡筒の単独倍率は4倍である。これより、ベレック式を用いて写真撮影鏡筒の焦点深度と撮影された写真での焦点深度を表にすると
対物倍率 | 対物 NA | 物理深度 | 2.5×トランスファー | 5×トランスファー | ||||
目視幾何深度 | 写真幾何深度 | 深度比率 | 目視幾何深度 | 写真幾何深度 | 深度比率 | |||
5 |
0.1 | 27.5 | 68 | 24 | 0.5 | 34 | 12 | 0.6 |
10 | 0.21 | 6.24 | 16.2 | 5.7 | 0.5 | 8.1 | 2.86 | 0.6 |
20 | 0.35 | 2.24 | 4.9 | 1.7 | 0.6 | 2.4 | 0.86 | 0.7 |
40 | 0.5 | 1.1 | 1.7 | 0.6 | 0.6 | 0.85 | 1.95 | 0.7 |
となる。何れの場合も写真撮影の深度の方が浅い、しかし、その割合は対物レンズの倍率変化でも、トランスファーレンズを変えてもそれほど大きくは変動しない。つまり、この結果をみても、低倍率での写真撮影の方がピントを外しやすい理由はそれほど見えてこない。
じつは、この項目を考え始める前は、低倍率において対物レンズのNAが有効倍率に対して大きい(明るくするため)ことが低倍率ほどピントが合わなくなる理由ではないかと考えていた。確かに、低倍率ほど物理深度に対する幾何深度が大きくはなるのだけれど、しかし、それだけで低倍率ではピントが合わない理由を説明することは出来ない。高倍率でも低倍率ほどではなくても幾何深度の方が物理深度より充分に大きいのだから。さらに言えば、Martinの式の幾何深度を用いると、写真撮影の幾何深度との差はさらに少なくなり、低倍率でピント合わせが困難になる理由はまったく説明がつかない。
顕微鏡によっては写真撮影用のアクセサリーとして照準拡大鏡が用意されている場合がある。ニコンの製品の場合はカタログスペックは4倍となっている(実測もそんな物である)。この照準をつけると目視幾何深度が1/4となるので、写真幾何深度より浅くなる。従って、ピンぼけ写真ができにくくなるであろうことは納得できる。しかしながら、上に記した写真の幾何深度はあるサイズに引き延ばした状態での値であり、顕微鏡写真で可能な限り細部を見ようとする場合には、ボケの許容量はもっと小さくすべきであり、そうなると4倍の拡大鏡をつけても幾何深度が不足する可能性もある。
数字の上から、単純な理由がないとすれば、実際の顕微鏡の操作の中に理由があるはずである。実際のピント合わせ操作を考えると、倍率が高い場合には焦点深度が浅いこともあり、焦点が合っている両側を動かしながら中心にピントを合わせていく。それに対して、低倍率の場合には焦点深度が深いために、高倍率のように焦点の両側でピントのぼけている範囲まで動かしながら真中に追っていくことは少ない。この時に、焦点深度が広いために一方から追っていくと、その過程で目の焦点調整がある程度効いてしまって、本来のピントの中心からずれた位置で調整を終了してしまう可能性が高いのではないかと思う。そうしてみると、ピント調整を外さないようにするためには、ピントの中心から両側にピントがはずれることが確認できるまで動かして真中を追っていくようにすればいいのではないかと思う。ピント合わせに悩んでいる人はお試しあれ。
最近では銀塩カメラに変わってデジタルカメラでの撮影が多くなっている。その場合にどうすべきかも考えてみることにしよう。デジタルカメラでのピント撮影は、レンズ交換可能な1眼レフタイプを用いるか、コンパクトデジカメを用いるかで大きく異なる。1眼レフタイプを写真撮影鏡筒に装着する場合には、ピント合わせの手法は基本的には銀塩と同一である。撮像素子の間隔は、APSサイズのCCDを使う場合には、銀塩と同程度の大きさに伸ばして使う場合には引き伸し倍率が1.5倍大きくなるので、許容ボケ量は2/3程度に取っておく必要がある。600万画素CCDでは画素ピッチは10μm以下なので、20ミクロンのボケ量にCCDは対応できている。兎に角、APSサイズCCDのデジタル1眼レフでの撮影に当たっては、銀塩よりピントを正確に合わせる努力が要求される。
コンパクトカメラの撮影では、写真鏡筒によるピント確認はできない。ピント確認は専らデジタルカメラのファインダー等で行うことになる。しかし、液晶ファインダーの画素数は21万ドット程度であり、CCDのドット数に比べるときわめて少ない。一応、500万画素を仮定すると、ファインダーの画素は4%程度であり、一辺あたりの数で20%程度しかないことになる。このことは、液晶ファインダーで確認する場合の幾何深度が実際に記録された画像の幾何深度に比べて5倍程度広いことを意味する。つまり、液晶ファインダーでピント確認をしている限りは、ピンぼけ写真となることはほぼ必至である。
先に進む前にデジタルカメラの焦点調整機能を使うべきかどうかについて考えておこう。通常のデジタルカメラ撮影では、カメラの自動焦点調節にピント合わせを任せることが普通である。デジタルカメラの焦点調整はCCD上の画像のコントラストが最も強くなるようにピント調整を行っている。人間の目と違って器械近視はないので、カメラの焦点調整機能をフルに使うことができる。焦点調整範囲を4D(無限遠から25cmまでの範囲でピント調整ができる)と仮定すると、今回の例で100倍以下ではピント調整範囲がベレック、Martin式の深度範囲を上回っている。ということは、接眼レンズの視度調整がうまくできれば、目視でピントを調整した範囲まで人間がピントを合わせてやれば、あとはカメラの方でピント調整を行ってくれる可能性がある。一方、カメラの自動焦点調整機能を使わない場合には、カメラのピントは無限遠に設定して顕微鏡の調整機能のみでピント合わせを行うことになる。この場合は上に記したようにそのままではピンぼけ写真となることはほぼ必死である。
こう記すと、カメラの自動焦点調整機能を活用した方が、ピンぼけでない写真を得られる可能性が高いように感じられる。これは、カメラの自動焦点調整能力にもよるが、十分に焦点調整能力があるカメラでは、恐らくは真実である。しかしながら、この場合でも、ピンぼけ写真の発生は防ぎようがない。目視による焦点調整時のピントのズレがカメラの焦点調整範囲の許容量を超えている場合には、確実にピンぼけになる。あるいは、観察に用いた接眼レンズとカメラの前に装着した接眼レンズの視度調整に狂いがあった場合も同様にピンぼけになる。だが、カメラの液晶ファインダーでピント確認ができない以上、ピンぼけを認識できないままになってしまう危険性がある。また、カメラのピント調整機能を使う場合には撮影毎にピント合わせを行うので例えばステージを回転したり、電場を印加して連続写真を撮るときに、その中の何枚かのみがピントが合わないといった事態が生じる危険性もある。一方、カメラのピントを固定している場合は、一旦正確に合わせれば電場を印加しても、ステージを回転しても(原理的には)ピントのズレはなく、一連の写真の中の一部だけピントが狂うという事故が発生する危険性は少なくなる。
こうしてみると、カメラの自動焦点調整機能を使うことにはデメリットもあるわけで、どちらを選択するかは撮影者の好みによるところが入ってくるのかも知れない。ピント合わせに自信がなくて、藁にでもすがりたい場合には自動焦点調整機能を活用するのもよい。一方、一連のシリーズの写真などを失敗なく確実に撮影しようと思ったら、カメラの自動調整機能は(露出制御も含めて)全て停止して、人間が決定する事項をなるべく多くすべきである。
カメラの焦点調整機能を使うにしろ使わないにしろ、試し撮影後に画像をコンピュータの画面上で実サイズで確認すべきである。そのためには、めんどくさいようだがメモリーカードを外してコンピュータに挿入するか、ケーブル接続でコンピュータに画像を転送すべきである。ただし、自動焦点調整の場合には、この時点でピントが合っていたとしても、次の写真のピントが合う保証はない。コンピュータの接続ができない場合などには、カメラの液晶画面を使うしかないのだが、その場合には画像の部分拡大を使って、最大限にピント確認を行うしかない。