干渉色図表と偏光色図表

直交状態にした偏光板の間に、複屈折物質を挟むと複屈折量の程度に応じた着色が見られる。これが、液晶や有機薄膜を偏光顕微鏡下で観察した時の鮮やかな色の源である。手元に偏光板がない場合には、ブリュースター角での反射光には片方の偏光しか含まれていないことを利用して、ガラスを2枚使って「潜望鏡」のような道具を作れば偏光による着色を観察できる。「潜望鏡」の作り方は、確か、朝永振一郎の随筆のどこかにあったはずである。

複屈折による色は見ていて美しいだけでなく、液晶観察(や鉱物学)で有益な情報を与えてくれるものである。複屈折による色調は複屈折量の増加により特徴的な変化をするので、色調から大凡の複屈折量を読み取ることができるのである。複屈折量が分かれば、試料の厚みが分かっていれば試料の複屈折が、そして、複屈折が分かっていれば試料の厚みが見積もれるという次第である。

色調から複屈折量を読み取る作業を助けるために、複屈折量と色調の関係を示した図表が昔から用いられてきた。このような図表は、昔は手書きで彩色されたものであったけれど、最近はPC上で力ずくで作るようになっている。図表そのものは、このサイトの別の読み物の中にあるので、そちらを見て頂くとして、ここでは、この図表の名前についての話をしようと思う。

さて、この図表の名前だけれど、日本では干渉色図表と呼ばれてきた。手元にある「偏光顕微鏡」(坪井誠太郎:岩波書店17版)を見ても「この着色図表を干渉色図表(interference colour chart)という.」ときっぱりと書いてある。そしてまた、この日本語が、英語の「interference colour chart」から来たらしいことも、この書籍は教えてくれる。ちなみに、この図表は、Michel-Levy Interference Color Chartと(あるいはMichel-Levy Color Chart,Michel-Levy Chart, Michel-Levy Birefringence Chart などとも、また、古い鉱物学の本ではNewton's scale of colorsと)呼ばれることもある。

というわけで、学生のころから長らく「干渉色図表」という言葉を疑いもなく使ってきていたのだけれど、"Qualitative Polarized-Light Microscopy, P. C. Robinson and S. Bradbury, Oxford University Press, Royal Microscopical Society 1992"を眺めていたら、この図表のことを"polarization colour chart" と表記してあるのに気がついた。polarization colour chartと言われてみると、確かに偏光板と複屈折物体による着色機構は、いわゆる干渉ではないので、干渉色図表という表記は正しくはないものであるように思えてきた。

とは言え、長きに渡って、interference colour chartという言葉が使われてきたからには、それなりの理由があるはずである。先に記した"Qualitative Polarized-Light Microscopy"の中には"The resulting series of coloured bands forms Newton's colour scale which is often reproduced commercially by Zeiss as the Michel-Levy chart."という記述がある。これによれば、偏光による色の出現順は干渉による出現順に等しいようで、それが、干渉色図表の名前の起源となっていると思われる次第である。

では、本当に薄膜による干渉の色の出現順と偏光による色の出現順は等しいのだろうか? それぞれの理論式は

干渉

偏光

となっており、見た目は異なっている。さて、シャボン玉やニュートンリングを考えると、同一屈折率の物質に異なる屈折率の物質が挟まれた構造になっているので、干渉の式は薄膜の両側の屈折率が等しいことにしよう。そうすると、上の式のr1とr2は符号は逆で絶対値は等しくなるので、干渉の式は

と書き換えることが出来る。この分子の方は0と4r2の間を周期的に変動する関数で、偏光による式と関数が同じで、当然、波長依存性は同じになる。つまり、干渉の式の分子だけに関して言えば、屈折率(干渉の式)と複屈折(偏光の式)という違いはあるものの、与えられた光学定数に対して同じスペクトルを与える式になっているのである。

残る問題は干渉の式の分母である。分母の項は、分子と比べると定数1が入っている。それ故にrが小さければ、rの2乗がかかる変動項は1に比べると小さくなって、実質的に定数と見なせることが分かる。例えば、ガラスの典型的な屈折率である1.5を使うと、rの2乗は0.04になるので、分母の変動は±8%程度であることが予想できる。

こうしてみると、干渉の式から出てくるスペクトルと偏光の式から出てくるスペクトルは厳密には同一ではないけれども、傾向は似ていて色調もあまり変わらないであろうことが予想できる。それを実際に確かめるべく、偏光と干渉による着色を図表にするプログラムを作成した。

現実にはプログラムが先にあって、色図表を描いた結果として、両者が類似していることが確認され、それから、両方の式を比べて何故似ているのかを考えるという思考の流れになっている。でも、それだと、見苦しいので、ここでは式を眺めて類似することを指摘した上で先に進むようにしている。

偏光のプログラムは、前に作ったものがあるのだけれど、その後MS-VBのバージョンアップにともない、改変の必要が生じ、それなら、他の言語にしても同じようなものとREALbasicで作っている。仕様は似たようなもので、物質データ、光源データ、フィルタデータ、CIEの係数等はファイルで与える。ここでは、とりあえず必要なデータもまとめて圧縮したものを用意している。

このプログラムはWindows系PCで動作するはずである。とは言え、無保証だし、また、ウィルス等を含まないことを保証するものではない。ダウンロードして試してみるのは自由だけれど、それにより使用しているPCに問題が生じたり、損害が生じても、申し訳ないけれども何もしないので、そのことはご承知の上お使い頂きたい。

さて、プログラムだけれど、一応、ファイル書き出しのチェックボックスがあるが、今は実装されていない。また、干渉のプログラムの方には偏光色にはない「膜厚単位」、「明るさ補正」という2つの項目がある。膜厚単位の方は、シャボン膜のように膜厚が不連続に変化するものをシミュレートすべく、膜厚の増加単位を入れると不連続に変わっていくようにするためのものである。連続変化させる場合には0を入れる。明るさ補正は、薄膜が反射率が高くはないので、そのまま計算すると(特に屈折率が1に近いと)全体が暗くなってしまうのを補正するためのものである。プログラムはデフォルトでは反射率の最大値が1になるようにしてある。ここに1以下の値を入れると、最大の反射率がその値となるので、全体に暗くはなる(1以上も入るけれど、それをやると色調が狂うだろうと思う。)。

このプログラムを使って描いた色図を画面からキャプチャーしてファイルとして並べてみた。両方とも、屈折率や複屈折の分散はないデータセットを用いている。

上からほぼ同じ幅で、偏光色、干渉色(屈折率1.3,2.6,3.9)の4本の図表である。偏光色と屈折率1.3の干渉色は極めて類似している。屈折率が大きくなると、偏光色図表と干渉色図表は違いが見えるようになっていくけれど、水やガラス程度の屈折率の物質では、両者には実質的に差がない。

と言うわけで、両者の色の並びの類似性から偏光による着色図表に対しても、干渉色図表という言葉が用いられ、そして、干渉の次数を1次、2次、3次…と称することの起源になっているのではないかという推測はかなり妥当なのではないかという気になっている。ちなみに、偏光による干渉色図表でも用いられる1次、2次という言い方は、ニュートンの光学までさかのぼる話である。ついでに記すとニュートンの光学(もちろん日本語版)を眺めると、干渉色の出現順の記載があり、そこにはいわゆる鋭敏色の外側の2次のところに緑があると記されている。これは、上の図では青から、せいぜい弱い青緑程度のところであり、はっきりした緑(割と右端のような)は普通は見えないはずだと思う。ニュートンがどのような条件で観察して緑を記したのかは知らないけれど、これが、偏光顕微鏡の本の干渉色図表に2次の緑が掲載されてしまっているものが見受けられる、そもそもの出発点ではないかと思う。

と書き記していて、ある日、ふと、張り付いたスライドガラスを見ると、鋭敏色の外側のところにはっきりと緑が見えてしまった。偏光色については、確かに鋭敏色の外側の緑ははっきりとは見えないので、単純な感覚の違い以上の理由で干渉では緑が見えて偏光色では緑が見えていないと思うのだけれど、少なくともシミュレーションでは、上に示したように違いはほとんど生じない…。悩みが一つ増えてしまった。

偏光の色図が干渉色図表と言われるようになった起源はAuguste Michel-Levyによる原著にさかのぼらないといけないのだろと思う。調べた限りではMichel-Levy and Lacroix の1888年の仕事らしいのだけれど、現在のところ、それが見つけられていない(あってもフランス語で読めないような気もする…)。これが分かったら、干渉色と言われるようになった理由について、もう少し言えるようになるのではないかと思う。

TOP私家版実験講座 - 干渉色図表と偏光色図表