顕微鏡の分解能

顕微鏡の分解能は開口数NAと観察波長λの関数として、

D=aλ/NA   … (1)

という式で与えられる。ここでaは顕微鏡照明の状態や分解能の計算方法により変わる1程度の大きさの係数である。NAの値は空気中では最大でも1なので、これより顕微鏡の分解能は光の波長程度であることが分かる。顕微鏡の分解能の式は(私のいい加減な知識の範囲では)アッベにより最初に与えられた。アッベの考察は回折格子のような周期的な構造を有する物体を対象に考えられたものであり、aの値は照明条件により0.5~1の間で変化する。その後、空間的に離れた2つの点の区別という、より実際の状況に近い状態についてレイリーが計算を行い、aの値として0.61を得た。確かに、顕微鏡で回折格子を観察する機会はそれほど多くなく(というより希であり)アッベの扱いは必ずしも一般的な状況に対応するものではない。しかし、顕微鏡の分解能を決定する物理的要因を直感的に理解するのには極めて有効な考え方であり、また、ベルトランレンズのついた顕微鏡が手元にあれば、アッベの実験を容易に再現できる。ここでは、実験も交えて、アッベの扱いにより顕微鏡の分解能が何で定まっているかを説明する。

 余談になるが、アッベが顕微鏡の分解能の式を導くことになった切っ掛けは、彼が設計した対物レンズの分解能が、職工が経験的につくった対物レンズの分解能に遥かに及ばなかったためであった。アッベは、レンズ設計にあたっては画像の劣化をもたらす球面収差を補正することに力を注ぎ、NAは比較的小さなレンズを設計した。これに対して職人の作ったレンズは球面収差の補正は不充分であったかもしれないが、より高いNAの物であった。この経験から、彼は顕微鏡の分解能にはNAが関与していることを知ったが、それが何故かは誰も分かっていなかったので自ら研究を行うことにしたのであった。

 閑話休題。まず、2葉の写真をご覧頂きたい。

写真1 通常の顕微鏡観察画像(左)と同じ画像をベルトランレンズを入れて観察したもの(右)

試料はプラスチック製の透過回折格子のクロスタイプである。観察には40倍の長作動距離対物レンズを用いている。左の写真は通常の顕微鏡画像である。きちんと、回折格子が見えている。右の写真はベルトランレンズを入れて撮影したものである。露出が多めなので1次の回折部は色がはっきりしないが、格子により回折した画像が見えている。先に進む前に、ベルトランレンズを入れると回折像が見える理由を図で簡単に説明しておこう。

図1 通常の顕微鏡光学系とベルトランレンズをいれた光学系。対物レンズから接眼レンズ像面までを示している。

上の図は通常の顕微鏡光学系である。試料から出た光は対物レンズにより像面に実像を形成している。この時、試料から平行に出ている光が集光する部分が対物レンズの後ろ焦点面である。今、回折格子の像を観察することを考えると、試料から平行に出ている光線とはすなわち、0次、±1次、…の回折光である。そして、それらの光線は後ろ焦点面のところで集光されて像を形成している。しかし、通常の顕微鏡光学系では、光はそのまま進んで、像面ではいろいろな次数の回折光が集まって実像を作っている。ベルトランレンズの作用は対物レンズ後ろ焦点面の像を像面に結ぶことである。図から明らかなようにベルトランレンズによって対物レンズを通った光は再び屈折され、回折次数毎に像面に結像する。つまり対物レンズ後ろ焦点面の像が像面に出現し、接眼レンズにより拡大されて見えるのである。

普通の顕微鏡にはベルトランレンズがついていない。だから、回折像を見ることが出来ないかというと、そうでもない。実は、接眼レンズを外して鏡筒をのぞき込むと回折像が、大きさは小さい物の、観察できる。これは、対物レンズ後ろ焦点面の空中像を目で直接見ていることに相当する。

さて、アッベの見つけたことは非常に単純で、回折格子が回折格子として見えるためには、回折を受けなかった光(0次光)の他に、最低でも1次の回折光が対物レンズに入らないと回折格子として観察されないということである。では、1次の回折光が対物レンズに入る条件はといえば回折の式より格子の間隔がdの場合には

図2 照明光が回折格子に垂直に入射する場合の1次の回折方向

となる。ここで、sinθは通常の対物レンズ(油浸や水浸でないもの)のNA値そのものであるからこれより1次の回折光が対物レンズに入るためには

d≧λ/NA

である必要がある。もし、1次の回折光が対物レンズに入らなくなると、回折格子の画像はもはや見えなくなる。NAを連続的に変えられる対物レンズを使って、それを確かめた画像をお目にかけよう。

写真2 1次の回折はきちんと観察されており、回折格子の画像が見えている

写真3 上の写真よりNAを小さくした状態で、1次の回折がかろうじて見えている。物体像は回折格子が一応は観察されているが、コントラストは悪くなっている。

写真4 さらにNAを小さくした。1次の回折はほとんど入っていない。画面の中のごみより上の写真と同じ場所であり、また撮影倍率も同じでることは確認できるが、回折格子はまったく見えていない。

このように、顕微鏡で物を見るのは、単なる幾何光学的な拡大では決してなく、波動光学的な回折現象が密接に関連した事象だったのである。

ここで、上の2番目の写真に再度注目することにする。この写真の回折像は光の強度が強いので、中心部分は白色になっているが、その上の高次の回折まで写っている写真と比べると、大体、緑色程度の回折までしか透過していないことが見て取れる。ということは、緑色領域より長波長の光、つまり赤色光しか透過しないフィルターをかけると、回折光は絞りに入ってこられず、従って、見えている回折像は消滅するはずである。それを試したのが次の写真である。

写真5 赤フィルターを通しての像(他の条件は写真3と同じ)

絞りの大きさは左の写真の明るい部分の大きさから、写真3と同じであることが分かる。しかし、赤いフィルター故に回折光はほとんど切られている(中央部が白くなっているのは光が強くてカメラのCCDの前のフィルターで吸収され切れずにCCDに到達しているためと思われる)。そして、画像は写真4の様になっており、ゴミは写っているが格子は見えていない。

 同じフィルターをかけるのでも、回折光の領域を優先的に拾うような青色フィルターの場合には状況が全く異なる。

写真6 青フィルターを等しての像(他の条件は写真3と同じ)

こちらが、青色フィルターを通した写真である。回折光の方で青以外のピンクなどが見えているのは赤の場合と同じように光が強くてCCD前のフィルターを透過してしまった光があるためと思われる。回折光が入っているのに対応して、右の画像では、きちんと格子が見えている。顕微鏡の分解のが波長に依存するのは、このように長波長の光の方が回折角が大きく、先に対物レンズの中に入れなくなることによっていたのである。ところで、右の画像をよく眺めてみると、格子以外のぶつぶつが目立っておらず、写真3よりも、むしろ写真2に近い写真になっている。つまり、写真3の格子画像は短波長側の光によって作られており、ぼつぼつのパターンは長波長の光によって作られていたのである。このことは、顕微鏡の分解能に近い物体を観察するときは白色光より短波長の光のみを用いた方が微細な構造をきちんと観察できることを示している。

 ここまでの式に従う限り、顕微鏡の分解能の式は

D=λ/NA   … (2)

となるはずである。しかし、現実に使われている顕微鏡の分解能の式では1より小さなaという係数がかかっている。つまり、回折格子に垂直に侵入した光をもとに考察した分解能より細かい物が見分けられるというのだ。どうすれば、より細かい物が見分けられるかは次の図を見れば明らかになる。

図3 光が斜めから入射する場合の回折

この図では光は回折格子に垂直にではなく、対物レンズのNA値ぎりぎりの角度で入っている。その結果、0次光とプラス(もしくはマイナス)1次回折光が対物レンズに取り込まれている。この時の条件は

d≧λ/2NA

であり、(2)式で示された分解能の倍まで解像できることになる。上の図では斜め方向のみから光を入れているが、もちろん、同時に垂直方向やら反対側の斜め方向からも光が入ってかまわない。実際、現実の顕微鏡ではコンデンサレンズ側のNAを対物レンズなみに大きくして斜めからの光も入れるようにしている。実際に、対物のNAを一番小さくした状態でコンデンサーのNAをあげていってみよう

写真7 コンデンサのNAを大きくした。それ以外は写真4と同じ

コンデンサのNAをあげたため中央の光が大きくなるとともに、周辺に回折光が見えだしている。それに対応して画像の方にも淡い格子パターンが見え始めている。

写真8 コンデンサのNAをさらに大きくした。それ以外は写真4と同じ。

コンデンサのNAを対物レンズのNA程度まであげた。全体が明るくなり1次の回折光の存在は確認できないが、重なって存在しているはずである。画像の方は、かなりはっきりと格子が見えるようになっている。このことから分かるように、コンデンサーレンズのNAは対物レンズのNAと同程度にする方が解像度がよくなる。しかしながら、一方でコントラストが弱くなるので、顕微鏡の本では対物レンズのNAの6~8割程度の値にすることを推奨している。

さて、コンデンサーのNAを大きくするのではなく、光を斜めから入れて1次の回折光を拾うようにするのは偏斜照明と呼ばれる技法になる。戦前の顕微鏡の中にはコンデンサーが動かせて、容易に偏斜照明ができるものもあったが、最近の光源内蔵の顕微鏡ではコンデンサーの絞り面にでも適当なマスクを置かない限り偏斜照明は実現できない。そんな根性はないのだけれども、コンデンサーの軸をずらしてまねごとはできたので、その結果をお見せしよう。

写真9 偏斜照明により0次光と1次回折光の片側だけを対物レンズに入れた状態。

写真9の左側がベルトランレンズをいれたもので、左側に明るく見えるのが0次回折光、右側の回りに青色の輪を見せているのが1次回折光である。反対側の1次回折光や直交する側の1次回折光は入っていない。そして、右側が対応する画像である。驚くべき事にというべきか、あるいは当然の事にというべきか、その判断は読者におまかせするとして、縦縞しか見られない。つまり、回折像に対応する周期構造しか見えていないのである。

どの回折光が入っているかによって見られる像が異なることを確認するために、アッベは対物レンズの後ろ焦点にマスクを置いて、回折光を選択的にカットし、それによって画像がどのように変化するかを調べている。後ろ側焦点にマスクを置くには、本当に根性がいるので、その代わりに対物レンズにスリット状のマスクをつけて画像の変化を観察してみた(本当は、ドーナッツ上のマスクも作ったのだけれども、いい加減な製品だったのでうまくいかなかった。そのうち、再挑戦かと思っている)。

写真10 マスクをつけた対物レンズ。安直に、黒い紙にスリットを切って、それを装着している。いい加減につけたので、中心を合わせるのに少し苦労した。ついでに、NAを変えられる対物レンズの写真も掲載する(右側)。これはユニバーサルステージ用の対物レンズで絞りによりNAが変えられる。これは、恐らくは、被写体深度を深くするためにつけられているのだろうと思う。

写真11 マスクをつけていない対物レンズによる回折パターン(左)と画像(右)

写真12 マスクをつけた対物による回折パターンと画像(上から、その1・その2・その3)

 写真11ではきちん、2次元の回折パターンが見えていて、対応する格子模様が写っている。写真12がマスクをつけた状態で、マスクに制限されて1次元的な回折スポットしか拾えないようになっている。ステージを回転すれば、異なる次数の回折スポットの組を拾うことができる。写真12の一番上は、(1,0)回折に相当するスポットを拾ったもので、写真11と同じ間隔の、ただし、格子ではなく縞模様が見えている。二番目は(1,1)回折に相当するスポットで、回折角が大きいので、写真12のその1よりも狭い格子間隔が見えている。さらに三番目はさらに遠いスポットを拾っており、対応する画像にはより細かい縞構造が出現している。

顕微鏡で物が見えるプロセスというのは、斯様に複雑怪奇なものなのである…。

TOP私家版実験講座 - 顕微鏡の分解能