オルソスコープ観察


 通常の顕微鏡の光学系に偏光子と検光子のみを組込んだ状態での検鏡をオルソスコープ観察という。オルソスコープ観察は理想的には物体に平行光線を入射した場合の話である。偏光顕微鏡を扱った書籍にも「コンデンサをはずして平行光線を入射する」という記述がある。しかし、顕微鏡では、たとえ平行な入射光線を用いても対物レンズの見込み角程度の光線は対物レンズを通過して画像の形成に寄与する。複屈折の値を正確に求めることを意図する場合には斜入射光線の影響を考慮する必要がある。
 さて、液晶分子は長軸と平行な方向にビフェニルや多重結合部位を持ち、長軸方向とそれに垂直な方向(短軸方向)で誘電率が異なる。分子が集団として等方液体になっている場合には個々の分子の誘電率異方性は全体で平均化されて等方的に見える。しかし液晶相では分子が統計的に配向ベクトルで示される方向を向いており、その方向とそれと垂直な方向で異方性を示す。棒状液晶の屈折率はほぼ例外なく配向ベクトル方向が大きく配向ベクトルに垂直な方向が小さい。負の誘電異方性を示すような液晶でも配向ベクトルに垂直な方向の誘電率に寄与している極性基は光の周波数に追随できず屈折率にはあまり寄与しないため、光の周波数では配向ベクトル方向の屈折率が高い(と思う)。
 配向ベクトルに平行な方向と垂直な方向では屈折率が異なる。このため液晶せるに入射する光は光線方向と偏光方向によって異なる屈折率を感じる。しかし、配向ベクトル方向に進む光線にとっては屈折率の異方性は存在せず、偏光方向によらず唯一の屈折率を感じることになる。このような方向を異方性結晶の光軸と呼ぶ。一般のネマチック相とスメクチックA相では光軸は1本であり、1軸性の物質と呼ばれる。スメクチックC相などの層構造に対して分子長軸の方向が傾いたスメクチック液晶には光軸が2本あり2軸性の物質と呼ばれる。しかし、多くの場合は2軸性の程度は弱く2つの光軸はほぼ同じ方向に向いており1軸性として扱って問題ない。
 1軸性の物体に光軸に垂直に光を入射した時に、光軸に平行な振動面の光が感じる屈折率をne、光軸に垂直な光が感じる屈折率をnoという。また、光軸に平行な振動面の光を異常光(線)、垂直な振動面の光を常光(線)とよぶ。常光に対する屈折率は光の入射角度によらずnoで一定なので常光はスネルの法則に従って屈折する。異常光の屈折率は入射角によりneからnoまで変化する。このため異常光はスネルの法則に従わずに異常な挙動をするように見える。
 1軸性の物質の光軸に垂直に直線偏光を透過することを考える。液晶の水平配向セルに垂直に光を入射する場合に相当する。偏光が光軸に平行か垂直な場合には偏光は直線偏光のままである。このように物質内を進行しても状態が変わらない偏光を固有偏光と呼ぶ。偏光面が光軸に平行でも垂直でもない場合には物質内を光が進行するにつれて偏光状態が変化する。一般の偏光は物質内を直交する2つの固有偏光として伝播する。その時に偏光方向により屈折率が異なるために試料を透過後に
Δ=2πd(ne-no)/λ …(8)
の位相差を生じる。ここで、λは観察波長 dは試料の厚さである。Δn=ne-ndを複屈折と呼ぶ。入射偏光が光軸に対して45゜の場合は、位相差がπ/4で円偏光になりπで入射偏光と垂直な直線偏光になる。
 分散を無視して試料のリタデーション(レタデーション)を
R=d(ne-no)=Δnd …(9)
で定義する。Rの次元は長さである。
 試料を透過後の光強度は試料の主軸と偏光板の軸の角度をθとすると、
I=I0sin2(2θ)sin2(Δ/2)
 =I0sin2(2θ)sin2(Rπ/λ) …(10)
となる。透過光強度はθに依存し、θが0もしくはπ/2の整数倍の時には位相の値によらず0となる。試料の中でこの状態の部分は暗黒になるので、この状態を消光状態といい、その角度を消光位と呼ぶ。一方、透過光強度の波長依存性はθによらないので、リタデーションの値が一定ならθの変化により明るさは変化するが色調は変わらない。あるリタデーションの値の試料がクロスニコル下で何色に見えるかは式 (10)を元に可視領域の透過光の波長依存性を計算して、そのスペクトルから色度を求めればよい。スペクトルまで分かれば色度を計算しなくてもだいたいの色合いは見当がつく。Fig.10にリタデーションが453,600,747nmについて式(10)で計算したスペクトルを示す。


リタデーションが 453nmの時には波長が 453nmで透過光は0になり長波長側にかけて透過光強度がまして行く。干渉色は橙色である。リタデーション600nmでは波長が400nmで透過光は最大になり 600nmで透過は0、干渉色は青紫となる。そしてリタデーション747nmでは約500nmで透過光は最大で干渉色は緑青になる。リタデーションの値に特徴的な色合いを図表にしたものを干渉色図表(jpg,;30kB)という。この図表と観察されている部分の色調を比べればリタデーションの大きさを大まかには推定できる。ただし、リタデーションが大きな場合には干渉色が淡くなり、どの干渉レベルかが判断つきにくくなるの。干渉色図表からは、リタデーションの大きさは分かっても、ne軸とno軸の方向は区別できない。両者を区別するために、位相差板を用いる。
 干渉色が青紫のリタデーション 600nmの試料があったとする。この試料を消光位から45度回転する。ここで、顕微鏡に付属する1/4波長板を挿入する。波長板の挿入口は偏光子に対して45゜になっている。1/4波長板はナトリウムのD線の波長の1/4に相当する147.3nmのリタデーションを持つ。 1/4波長板を入れると、試料の複屈折と波長板の複屈折が強め合う配置なら合成された複屈折は (600+147=)747nmに、相殺すれば453nmとなる。リタデーション747nmの干 渉色は青緑453nmの干渉色は橙なので、色を見れば位相差板と試料の主軸の関係が分かる。
 ベレック型コンペンセータはリタデーションを連続的に変えられるので、これを用いれば試料の位相差を半定量的に求められる。ベレック型以外にも楔型やバビネ型のコンペンセータが同様の目的に用いられる。
 鋭敏色板は530nmのリタデーションの位相差板である。このリタデーションの干渉色は赤紫で、僅かなリタデーションの違いにより青か橙色方向に変化する。リタデーションの小さな試料の場合、単体では濃淡が僅かに変化するのみなので、観察しにくいが、鋭敏色板を重ねると比較的大きな色変化となり観察が容易になる。

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