実用幾何光学入門
 厚さが無視できるような薄い凸レンズに平行光線を入射する(Fig. 1)。

光はある一点に集光する。この時のレンズから集光点までの距離がレンズの焦点距離 (f)である。焦点距離は凹レンズに対しては光が広がるのを逆方向に外挿した集光点までの距離で定義される。凹レンズでは焦点距離がマイナスの値となる。レンズの焦点位置より遠方にある点aからの光はレンズにより反対側の点bに集光する。この時a、bの距離と焦点距離の関係は
1/f=1/a+1/b …(1)
となる。
 レンズの焦点距離を口径で割った値をレンズのF値と呼び、レンズの明るさを示す数である。例えば、焦点距離 100mmで、口径50mmのレンズのF値は2となる。
 2つ以上のレンズを組合わせた場合(や1枚でも厚手のガラスのレンズの場合)は、平行光線を入れ た場合の焦点距離の基準となる面を1枚の薄い凸レンズと同様には決定できない。そこで、入射した平行光線と、1点に集光する角度をもった光線が交わる面を基準面として扱いこの面と光軸が交わる点を主点と呼ぶ(Fig. 2)。一般に、平行光線をどちらから入れたかで主点の位置は異なるので、両者を区別して示す。主点の位置はレンズ系の内部にある必要はない。Fig. 2に示されているように、凹レンズと凸レンズからできたレンズ系では凸レンズ側から平行光を入射した場合は主点の位置は凸レンズよりも外側(物体側)に、凹レンズ側から平行光線が入射した場合には、主点の位置は凸レンズより焦点側となりうる。


 薄く度数の弱いレンズでは結像時に入射角は小さいので、レンズによる光線の曲がりを計算する時にsinθ=θがよい近似となる。 この近似下では球面レンズにより平行光線は1点に集光する。しかし、現実にはサイン関数を展開した場合のθの3乗以上の奇数次の高次の項が存在し、明るいレンズや画角の大きなレンズでは高次の項の影響が無視できなくなる。高次項を考慮にいれると、球面のレンズでは平行光線は1点に集光しない。理想的な結像からのずれを収差という。収差はザイデルにより初めて詳細に研究され、その性質から球面収差・コマ収差・ 非点収差・像面湾曲・歪曲収差に分類されている。
 球面収差があるとレンズの光軸上でも1点からの光線が反対側で1点に収束しなくなる。点像だったはずのものがぼやけた円形の画像になってしまう。顕微鏡の対物レンズに球面収差があれば画像が滲みコントラストが悪くなり細かい部分を見分けられなくなる。
 非点収差やコマ収差は光軸外からの光線に特有に発生するので軸外収差と呼ばれている。コマ収差があると周辺部の画像がぼやけてしまう。また非点収差があっても1点からの光が点に集光しなくなる。
 像面湾曲は画像の中心部と周辺部で焦点面がずれる現象で、これがあると中央部分にピントを合わせると周辺部分の画像がピンボケに、周辺にピントを合わせると中央部がピンボケになる。歪曲収差があると画面の周辺部で直線が曲ってしまう。
 上記の5種類の収差はそれぞれ
球面収差 ∝ 口径の3乗
コマ収差 ∝・口径の2乗×画角の1乗
非点収差 ∝・口径の1乗×画角の2乗
像面湾曲 ∝・口径の1乗×画角の2乗
歪曲収差 ∝・画角の3乗
となる。顕微鏡の高倍率の対物レンズでは分解能をかせぐために口径は大きくなる。画角とは画面の両端から主点へ結んだ2本の直線の間の開き角で、顕微鏡の対物レンズでは小さな値となる。このため、顕微鏡の対物レンズでは球面収差とコマ収差の補正が第1の課題となる。
 上記の5収差とは別に、屈折率に波長分散があることから生じる色収差が存在する。これは像の倍率が大きいほど影響も大きいので、望遠レンズや顕微鏡の対物レンズで問題となる。市販の顕微鏡用の対物レンズやカメラのレンズでは、異なる種類のガラスで作ったレンズを組合わせて諸収差を補正してある。例えば、色収差は屈折率に分散があることから生じているが、分散の異なる凸レンズと凹レンズを組合わせれば、2つの波長について色収差がない(そしてその間の波長では適度に収差の抑えられた)合成レンズを作ることができる。
 顕微鏡の対物レンズで、「アクロマート」や「アポクロマート」あるいは「プランアポクロマート」といった表示があるものがある。これらは、レンズの補正のレベルを示すもので、アクロマートレンズは可視領域の2波長で色消しを行なったレンズでアポクロマートは3種類のガラスを用いて可視領域の3波長で色収差がなくなるように設計されたレンズである。また、プランは像面湾曲の補正がされたレンズにつけられた名称である。性能はアクロマートより、アポクロマート、さらにプランアポクロマートの方が良いが価格も高くなる。用途と予算によってレンズを選択する。高性能レンズほど使い方に注意が必要であり知識がないと宝の持ち腐れになる。
 収差に関する細かい議論まで知っている必要はないが、収差がθの高次の項によるものであることは知っていて損はない。特に、自分で照明用などの光学系を組む時に有用である。

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