開口数


 対物レンズの性能として倍率より重要なのが開口数(NA)の値である。NAは
NA=nsinθ …(2)
と定義される。(定義によってはθを両側の角度としてNA=nsin(θ/2)としている。)ここで、θは対物レンズの先端のレンズの最外周部から物体を見込む角度で、n は対物レンズと物体の間の媒質の屈折率である(Fig. 4)。媒質が空気ならnは1なので、NAは最大で1以下の値となる。一般にNAは 4倍程度の対物レンズで0.1程度、100倍の対物レンズで 0.9程度である。NAが大きいほど対物レンズの分解能は高くなる。

 NAと分解能の関係を理解するために、周期的な三角関数状の濃淡の縞構造(回折格子)を対物レンズで観察することを考える(Fig. 5)。試料に、下方から平行でコヒーレントな光が垂直に入射するものとする(コヒーレント照明)。

 この時、試料を透過した光には直進成分(0次光)の他に回折成分が出現する。0次光は、縞構造の周期を代えても変化はなく、この光に縞構造に由来する情報は含まれていない。一方、回折光は周期に応じて角度が変化し、縞構造に由来する情報を含んでいる。縞構造を顕微鏡で観察する時に、0次光の成分のみを取り込むと、構造に由来する情報が欠如しているので、顕微鏡による像には構造が現れない。それに対して、1次の回折光が対物レンズを透過して顕微鏡による像に寄与すれば、縞構造の情報も含まれているので、濃淡のある像が再現できる。縞構造による回折角は縞の周期をdとすると
dsinθ=mλ …(3)
で、最低次の回折でm=1なので、この時
sinθ=λ/d …(4)
である。回折された光が対物レンズの見込角におさまればいいわけだから、縞構造が観察されるための条件は
NA≧λ/d …(5)
あるいは、
d≧λ/NA …(6)
となる。この式は波長が短く、NAが大きい程、より細い縞構造が見られることを示している。上式を適用すれば、NAが0.5の対物レンズで、500nmの光を用いれば、1μm以上の周期の縞構造ならちゃんと観察できるはずである。
 空気中で用いる対物レンズでは空気の屈折率が1で、三角関数の最大値も1なので、NAも1は越えられない。しかし、対物レンズと物質の間を適当な屈折率の物体で充填すればNAは1より大きくなる。対物レンズの先端と試料の間を屈折率 1.5程度の油で浸漬する油浸レンズではNAが 1.4程度のものがあり、より高い分解能が得られる。最近ではより屈折率の高い固体を直接試料につけて、さらに高い分解能のレンズも出現している。
 分解能に関する上記の考察では垂直に照明されている場合を扱ったが、見込角と同じ角度で斜から照明光が入射していれば、レンズの反対側の端で1次の回折光の片側の成分を拾うことができる。1次の回折による総ての情報を用いるわけではないので、コントラストは悪くなるがこの場合には垂直入射に比べて2倍の分解能が得られる。実際の顕微鏡の照明で下方から収束する光で照明する場合には上記の垂直入射成分や、斜入射成分がすべて含まれており、また方向により位相はランダムなのでインコヒーレント照明となっている。このような場合には、縞構造の周期が短くなるにつれてコントラストが低下し(垂直入射の寄与がなくなり、斜入射の一部の寄与のみが残っていく)ついには構造を分解できなくなる。一般的な顕微鏡の分解能は、斜入射の照明の寄与を考慮して、
d=αλ/NA …(7)
という式で表記される。αは1以下の数で、完全なインコヒーレント照明の場合には最小で 0.5となる。実際には画像のコントラストを高くするために、コンデンサレンズのNAを対物レンズのNAより少し小さめにするので、αは 0.5よりは大きくなる。オリンパスのカタログではα=0.61としている。
 NAを変えられるレンズを用いて、コヒーレント照明に近い条件で周期構造を観察すると、NAが大きな時には見えていた構造がNAを小さくして行くと、あるところでまったく見えなくなる。直感的には微小な周期的構造はだんだんとぼけていきそうだが、そうはならない。顕微鏡で周期的な構造が見えないときに、それが存在しないのか分解能よりも僅かでも細かい構造であるのかは区別がつかない。
 顕微鏡の分解能はあくまでも、周期的な構造が見分けられるかで計算されていることには注意する必要がある。たとえ分解能以下のサイズでも、粒子として観察することは可能である。例えば、無限小の点から発する光は対物レンズに入って像を結ぶ。像の大きさは波長の回折限界で定まり、実際の物体の大きさとは異なるが、像が見えることに変わりはない。従って、欠陥線のように光を散乱するものは、たとえ顕微鏡の分解能以下のサイズでも照明条件によっては見える可能性がある。また、物体のコントラストが大きいときには理論的な扱いは上記の回折の場合とは異なり、分解能も多少は変化する。

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