Hofmeister Seriesの機構解明


Hofmeister Series(ホフマイスターシリーズ)という言葉を聞いたことがありますか? これ(以降簡単にH.S.)は高分子水溶液にNaCl等の中性塩を加えていくと一般に高分子の沈殿が生じますが,このときの沈殿誘起能力のイオン順列のことです。 一般に,サイズが小さく,強い水和のイオンほど低濃度で(つまり少し加えただけで)高分子を沈殿させることができるとされています。 塩を加えて溶質が沈殿する現象を「塩析」(逆に溶解度が増すのを「塩溶」)といいますが,F-やSO42-は典型的な塩析剤です。下に典型的なH.S.を示します。

SO42- > F- > Cl- > Br- > I- 〜 SCN-
Cs+ > K+ > Na+ > Li+ 〜 Ca2+

この現象は100年以上前から知られていて当初は高濃度のイオンによる(H.S.は典型的には1M以上の高濃度領域におけるイオン効果のことです)水の活量の低下によるとされていました。 しかしこれが主要因だとするとカチオンでも同様に小さくて強い水和をするLi+やMg2+が強い塩析剤であるはずですが,実際にはカチオンの効果はアニオンほど顕著でなく,系によっては全く逆の順列となることもあります。(上に示したカチオンの順列は強い水和のカチオンで塩溶が起きる場合の例です。) この「カチオン/アニオン非対称性」のため,H.S.の機構の解明は非常にむずかしく,これまでに多くの機構モデルが提出されてきました。

H.S.が重要なのは,同種のイオン効果が高分子の水溶解性ばかりでなく,タンパク質やDNAなどの生体高分子の高次構造安定性,含水ゲルの膨潤度,コロイド粒子の安定性,等々,ありとあらゆる高分子/水系の物性に見出されているからです。この機構解明は,例えばタンパク質の自発的構造形成の機構解明にもつながると期待されます。

さて,前述の機構モデルをいくつか紹介しましょう。まずよく引き合いに出される割にはだめな説明からです。

 イオン性水和構造との相関による解釈

上で述べたように,塩濃度が増すにつれ,確かに水の活量は低下しますからこれにより一定の塩析効果は常に生じているはずです。しかしこれだけではすべてのH.S.が説明できないのは上に示した典型的なアニオン,カチオンの順列からも明らかです。 しかし,よく見られるのはこのうちアニオンの順列のみに注目した研究例です。 例えば感温性ゲルとして知られるポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)(PNIPA)ゲルの体積相転移温度に対するイオン効果は上のアニオン順列に対応していて,強い水和のアニオンを加えた方が,より低温で転移が生じるようになります。 この結果は,イオン性水和の強さの尺度の一つである塩水溶液の粘度のB係数と正の相関があることから,強い水和のイオンほど,つまり構造形成イオン(Structure Maker)ほど,PNIPAの疎水性相互作用を強化するためと解釈されています。 しかしこれが本当に本質的な機構であるならばカチオンに於いても同様の傾向が観察されるはずですが,全く逆の傾向が見出されているのです。 このように,H.S.は高分子の複数の種類の水和(イオン性,水素結合性,疎水性)に対する直接・間接のイオン効果の総合的な現れとして解釈すべきものであって,決して単一の機構や指標によって説明できるほど単純な現象ではないのです。